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「束の間の夢」

 涼太が初めて男に抱かれたのは、中学生になってからだった。女の子になる、という目標を具体的に実行するのは現実的に難しいが、女のように男に抱かれる、という事ならばできるし、ちょうどいい折り合いの付け方でもあった。

 しかし、中学生と本気で付き合おうとする大人がどれほどいるだろうか。多くは単に若い体目当て、飽きればすぐに捨てられるものだ。しかもその中学生に、躁鬱や癇癪の気まであればなおさら、手を出すにも尻込みする者も多いだろう。


 涼太は心を病んでいた。願う姿とかけ離れて行く自分、限りなく無理に近い願望、そして目標を目指すためには妨げだらけの環境……。理由としては十分だった。

 涼太は、自分を傷つける事を覚えた。何故か安心するからだ。人に心配してもらうのが嬉しいのも多少はあったが、しいて言えば、自分に罰を与えるためだった。

 自分は神様に背こうとする願いを持っているとか、あの人と連絡が取れなくなったのは自分に何か悪い所があったからだとか、理由はなんでも良かったし、理由などなくても良かった。涼太は自分の手首や腕にコンパスの針を刺したり、カッターナイフで切ったりした。

 良くない事なのはわかっている。わかっているがやめられないし、やめる気もない。


 涼太はまた、当時はそういう出会いと言えば結構使われていた、伝言ダイヤルを使って、たとえひと時でも自分を女だと思わせてくれる相手を探した。

 抱かれている間は、自分が女になれたと思い込む事ができるし、少しでも落ち着く事ができるから。だから、相手とは約束を交わす。

 自分の性器には触れない事、できるだけ、自分を女として扱う事。

 守る者もいれば、破る者もいる。実のところ、破られても別にそれほどこたえない。所詮そんなものだと納得できるくらいには醒めていたし、抱かれる事そのものが、一番の目的だからだ。


 よく思い出す事がある。変質者から自分を助けた男の事だ。今になって思えば、きっと、あれが初恋だった。そう涼太は思っている。

 だから、記憶の中のあの人と、声が似ている者を探した。もしかしたら、あの人かもしれない。いつも、そんな事を考えながら……。


 伝言ダイヤルに登録していたジュンという男は、あの人と、声が似ていた。電話をかけて話してみると、声も口調も、まるであの人のようだった。

 多分あの人は三十歳くらいだったけど、この人は二十二だって。だから違うだろうけど、体格は似てるみたい……。

 そう思って、すぐに会いたくなった。

 二人とも都内で隣の区、ジュンはフリーターらしい。会うまで時間はかからなかった。


 ターミナル駅の駅前広場で待ち合わせた時、涼太はジュンにすぐ気がついたが、ジュンは全然気付かなかった。

 涼太は嘘をついていたからだ。本当は中学三年生なのに、高校生と偽ったし、背格好も体重も、少し嘘をついた。罪悪感はあるが、身を守るためだ。

 結局、涼太の方から声をかけて、まずはすぐに背格好についての嘘を詫びた。ジュンにも涼太の考えは理解できたようで、別に怒るでもなく、なるほどね、程度の反応だった。


 一番大きな嘘を明かしたのは、ジュンの部屋に招かれ、ベッドに並んで腰かけている時だった。

 ジュンは涼太の肩に手を回して、事前の約束通り、涼太の平たい胸を服の上から優しく揉むような仕草を始めた時、涼太は言った。

「あとひとつ、嘘ついてた事があるんです……ごめんなさい」

「何?」

「僕は、本当は中三なんですけど、それでもいいですか?」

「別にかまわないよ。たとえ小学生だと言われてもね」

 ジュンが本気で言ったのか、冗談で言ったのかは、わからない。しかし涼太はその言葉を聞いた途端、固まって動けなくなった。

「……どうしたの?」

 涼太は、あの事を思い出した。思い出してしまった。小学生の少年にあんな事をした変質者の事を。

 口の中、頭の中に、あの下水のような悪臭を発する涎の感覚が蘇る。とたんに吐き気を覚えた。

 明らかに調子が悪く見える涼太を、ジュンは真剣に心配した。いいところだったのに、などという様子すら見せずに。

 しばらくたって涼太は落ち着いたが、それ以上の進展はなく、話をしたり、一緒にゲームをしたりで終わった。


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