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「少年の記憶」

 涼太は、幼い頃には、ただ漠然とした疑問を持っていた。

 「僕はなんで、男なんだろう? 女のほうが、良かったのに」

 なぜその方が良かったのか、それはよくわからない。その疑問に対する答えは、まだ幼い少年には導き出せなかった。

 なんで僕は男なんだろう? 疑問を口に出してみた事もある。親の答えはこうだった。

「神様がそう決めたんだから、しょうがないじゃないの」

 だったら仕方ないかな、と思わないでもなかったが、生まれる前に選ばせてくれたら、もっと良かったのに。神様って意外と気がきかないんだ、という気持ちの方が大きかった。


 小学校に入って何年かたった頃、その疑問は消えて、かわりに願望が生まれた。

 女の子になりたい。どうすればなれるのか、なれるものなのか、それは全くわからないが、もしなれるのならば、なりたい。

 お父さんよりもお母さんになりたい。おじさんよりも、おばさんになりたい。そう思いはじめた。

 でも、どうすれば、なれるんだろう? そこで止まって先へは進めなかった。


 声が少し低くなって、子供はどうやってできるものかを学校で習うようになった頃、その願望は再び頭をもたげた。

 体の構造自体が違うのだから、無理だという事を習ったのに、再び願望を抱いた。

 またしばらくたてば、やはり無理だと悟って落ち着くはずだったのだが……そうはならなかった。ある事件があったからだ。


 ある日の夕方、あまり気は進まないものの、友達に付き合って公園で遊んで、その帰り道。

 涼太は、変質者に悪戯をされた。六年生には見られない幼い風貌と背丈ではあったが、服装からして、女に見えるはずはない。

 しかし変質者はそういう嗜好を持っていたのだろうか、涼太は軽々と持ち上げられ、駐車場に連れ込まれて、地面へ投げ落とされた。

 その痛みと、何が起きているのか分からずパニックに陥った事で、涼太は動けなかった。変質者はそんな少年の首を掴みながら、乱暴に自分の口を少年の口に押し付けた。

 まるでドブを思わせる涎を流しこまれ、顔を舐められた。顔をそむけようとすれば、首を掴む手に力が入る。その時、涼太には恐怖しかなかった。


 変質者が涼太の服を脱がせようとしはじめた時、声が聞こえた。

「何やってんだ!」

 上から聞こえてきた。駐車場に隣接するマンションの住人が、部屋から偶然見たのだろう。変質者は涼太から手を離すと、走って逃げて行った。

 涼太はそのまましばらく呆然としていた。何が起きたのか、何をされたのか、されそうになったのか……わからない。もしわかりそうでも、わかりたくなかった。


 そうしていると、涼太のところに男が走ってきた。かなり体格が良く、もしテレビドラマなら、悪役として出て来そうに見える男だった。そんな男が竹刀を持って目の前に立っているのだから、少し怖くなったのだが、勘違いだったとすぐわかった。


「大丈夫?」

 見た目に似合わない優しそうな口調で、男は涼太に言った。

「あの野郎、逃げちゃったかい」

 涼太はうなずいた。

「ごめんな」

 男がなぜ謝るのか、涼太には理解できなかったが、男はすぐにその理由を自ら口に出した。

「声出さないで、こっそり来てボコボコにしてやれば良かった。ひどい事されてないかい」

「……大丈夫」

 全く大丈夫ではなかった。むしろ今にも自分が壊れそうなほどのショックに震えそうになっていたが、涼太はそう言った。

「家、どこだい。心配だから、近くだったら一緒に行ってもいいけど」

 涼太は首を振った。

「ならいいんだけど、本当に気をつけるんだぞ。危ないと思ったら、すぐ大声出すとか」


 ついてきてもらえば良かった、そう思わない事もなかったが、涼太は一人で帰った。無意識に人通りの多い道を選び、路地や駐車場の入口を避けて歩いて、家にたどり着いた。

 親には、この事は言わなかった。心配をかけたくないのと、怒られたくないのが、大体同程度の割合だった。


 短い時間で、涼太が思う最低の男と、立派な男の二人に出会った。

 普通なら、後者の立派な男に「なりたい」と思うのが自然かもしれないが、違った。

 ああいう人の、お嫁さんになれたらいいな。恋人になれたらいいな。そう思った。

 もちろん自分は男だし、同性愛は多分いけない事だ。

 だから、僕は女になりたい。涼太の願望は、その時から、目標ともなった。


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