表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

「鏡」

 涼は、鏡というものは嫌いだ。

 他人、特に「お仲間」の中の一部に対しては、鏡も見た事がないのかとか、化粧品を買う前に鏡を買ってはどうかとか、意地の悪いことを考えもするが、涼は鏡が嫌いだ。

 多分客観的には、自分はそこまで醜悪でないとは思いたいが、とにかく自分自身と向き合わされるのは、涼にとってはあまり嬉しい事ではない。

 もちろん、鏡がなければ化粧もしようがないし、不便な事も多くなる。なので我慢はするのだが、たまに、自分は鏡が嫌いだと言う事を思い出す。

 鏡に写っている人物には、涼太の面影がある。容姿には結構手を加えているつもりだが、どうしても限界と言う物はある。


 なんだか急に頭に来て、鏡を叩いてみたが、割れはしなかった。それなりに力を入れたつもりだったが。

 ずいぶん前だが、割った事はあった。あの時のように全力を出せば割れるだろうか。何か道具を使えば割れるだろうか。と考えてみたが、そんな事を考えても、しても、大した意味はないだろうとも考えた。


 ……そんな事をして、何になる? 何になれる? 鏡の話ではない。涼が成し遂げたかった事について、人からも言われたし、何度も自問自答した事がある。

 それでも、実行した。何かにはなるだろうし、なれるだろうと。そして、自分はそうするしかないのだからと。


 そして何が起きたのかと言えば、それなりの金を費やして、身体の一部を欠損させただけなのかもしれない。

 そうする事で自分の悩みを解消する事ができると思っていたし、そうするのが自分の人生の目的だと思っていたから。

 ゴールをそこに設定していた。そうすれば全ては解決すると思っていた。

 涼太という少年が抱えていた悩みのほとんどは、それで消え去ると思っていた。


 実際のところは、どうだったんだろう? 涼は軽く頭を振った。

 ゴールと思っていた場所は、スタート地点でしかなかった。そうかもしれないとは事前に薄々思っていたものの、いざその現実を突き付けられた時には、やはり悩みもしたし混乱もした。


 せめてもの心の支えになりえたのは、失敗した者、挫折した者の態度や言葉だった。

 あいつらは本当に饒舌で、見苦しい態度を取る。いわく、もっと有効な金の使い方がある。またいわく、自分の目指そうとしたものは間違いだった、勘違いだった。それに気がついた。自分はどうかしていた、などと。

 泣き言を言うならまだ可愛いものだ。投薬まで行ってもう戻れなくなり、それが偉いとばかりの言動をしていたのに、ひるがえって、挫折した自分を肯定しだすような手合いも多い。


 他人を嘲笑する事で自分の足元を固めるのは不健全だ。分かってはいる。

 そうだ、自分自身だって到底健全ではない。誰かに嘲笑されているのだろう。自分がしているように。

 結局は、くだらない争いなのだろう。どこまで行っても、どっちが偉いかの比べ合いを続けているだけなのだろう。自分は自分、他人は他人、それだけの事が分からずに。

 いや、自分もそれは、つい先日までは分かっていなかった。それを思い出した。


 それにしても。

 結局、自分は涼太と共存している。消し去りたいとは言え自分自身なのだから、共存しているのは当たり前と言えば当たり前の事なのだが、日頃殺そうとまで思っている割に、今はそれなりに上手くやって、いや、やれてしまえているのではないだろうか。

 もういっそ和解してしまうか。どうすればいいのかは分からないが。


 ……うん。和解するとしても、どうすれば?

 またいつもの考え事の時間に突入して、そのまま一日が終わるのだろうかと思ったのだが、今回の涼はしばらく考えているうちに、結論にたどり着いた。


 簡単な事だった。あまりにも、簡単な事だった。何を長々と悩んでいたのか、無駄な努力をしていたのか。

 馬鹿馬鹿しい。私は本当に馬鹿だ。どこまで底抜けの馬鹿だったのか。


 自分を殺したいなら、自分を殺せばいいだけではないか。自分を消したいなら、自分を消せばいいだけではないか。

 過去の自分ではなく、いっそ今の自分を殺してしまえばいいのではないか?

 単純すぎて思いつかなかった事だ。


 あはは、と涼は笑った。こういう笑い方は久しぶりだ。声も、日頃作っている声ではなく、最後に出したのはいつか思い出せないような、地声に近いものだった。


 とはいえ自殺をするつもりもない。何年も前なら本当に死のうと思った事も数え切れないほどあるが、もっと優しく、易しい方法で、今の自分は簡単に殺せるのではないだろうか、そんな考えが頭をよぎった。


 涼は棚に積んであるノートを手に取って、破ろうとした。

 さすがにまとめて破れない。数ページずつ破り捨てるのも面倒だし、燃やすのも危ない。そのまま可燃物のゴミ袋に放り込んで行く。

 嘘の記憶と偽物の過去に拘泥するのをやめれば、今の自分はいなくなるのではないか?


「都合のいい考え方だろうけど」

 涼と言う少女の、偽物の歴史が記されたノートを全てゴミ袋に入れ終えると、涼はまた鏡を見て、そして話しかけた。

「私の事を、許せる?」

 直後、涼は自嘲的に笑った。

 どうあがこうと自分は自分でしかない。なんで他人になろうとしていたのだろう? そう気がついてしまえば簡単だった。複雑な気持ちはないでもないが。

 負けた自分を受け入れて肯定する、あの連中。あるいは自分もその仲間入りをしてしまったのだろうか? 貫き通そうと思っていた意思も、ここで捨ててしまったのではないだろうか?


 まあいいか。最悪の場合、また書けばいい。

 そんな事を考えて、涼はまた笑った。今度は、少し楽しそうに。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ