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「薄氷の上」

 自分は特に悩んでいない。自分の現状に満足している。

 自分は成功しているか、成功が約束されている。


 こういった言葉は、「お仲間」にとって、挨拶の一種ですらあるのだろうか? 聞かれもしないうちから、あるいは自己紹介も済まないうちから、この手の事を言い出す者は多い。

 殊更にそう口に出し続けないと、自己暗示でも続けないと、潰れてしまうのかもね。涼はそう思って、相手に悟られない程度に笑った。


 どうしても、付き合いという物は発生する。涼にとって、自分が「そう」である事、そして元々どうであったかは、それを知らない者は少なければ少ないほどいいし、皆無である事が理想と思っているのはずっと変わっていないのだが、どうしてもしがらみを完全に断つのは難しい。

 今目の前にいる相手も、情報の共有や何らかの協力ができないかという、意味不明な繋がりを求めてきているようだ。

 世話になっている相手の頼みなので、会うだけは会わないとと思いファミレスまで出向いたのだが、やはり意味不明だ。


 何が協力だ。仲良しグループなど作っても、何も良い事はない。

 どうしたっていつか成功者と失敗者に分かれ、後者は前者の足を引っ張る事しかしなくなる。本当に、好き好んで、足を引っ張るのだ。当然と言えば当然、失敗した、あるいは理想に追いつかなかった者にとって、成功して見える者は足でも引っ張ってやりたい対象にしかならないだろう。

 失敗はしていないと思いたいが、成功していると胸を張れるほどではない自分も、それで多少痛い目にあった事がある。

 あまり思い出したくない事だし、目の前の相手は相槌でも求めているように見えるので、涼はそれについて考えるのをやめた。


「特に悩みもないなら、いいんじゃないの。そのままやっていけば」

 涼としては、こう言う他はない。容姿にせよ背丈にせよ、見たところ、何とかやっていけそうなのだから。自分の身長と比べればずいぶん恵まれているようにも見えるし、現状に満足しているとまで言うなら、なおさらだ。

 なのにどうも、今話している相手はそれでは不服なようだ。実際には悩んでいるのだろう。不安もあるのだろう。涼はそう思ったのだが、だからと言ってどうしてやれるわけでもない。

「仕事については、何とかするしかないんじゃないの。無責任なようだけど」

 そもそも責任を持つ筋合いはないけどね。涼は内心そう思った。


 仕事。大体この壁にぶつかる。涼もそうだった。

 目の前の相手はまだ大学生だと言う。男として就職しようか、それとも一旦就職は捨てて「変化」に専念しようか、そんな悩みを抱えているようだ。

 「勝手にすればいい。私の知った事じゃないし、どうにかできる事でもない」何度か、考えが言葉として出かけたが、そうしない程度の自制心はあった。


 在学中に性別変更や改名まで済ませてしまい、女性として他所の大学院に入ってしまうといい。そんな話を漏れ聞いた事もあるが、今更自分がそれを目指すのも面倒臭いし、相手に勧めるのも面倒臭い。

 この相手は、多分、話を聞いて欲しい、合わせて欲しいだけだ。それは、これまでの短い会話の中でも、もう確信するに至っている。なので涼は、それに見合った対応を心がけていた。


 そして何より、これは勘と言うか、嗅覚と言うか、つまり曖昧なものではあるが、「あ、この子挫折する」という考えが強くなっている。

 多分この子は、何年か後には、ただ多くの物を失っただけになるのだろう。そして、余計な事をしなければ無くさないで済んだはずの色々な物から目をそらすために、今と変わらない言い訳を続けるのだろう。ありふれた失敗例が出来上がっているのだろう。


「五年十年先の事は考えてるらしい。目先の半年一年についても考えてる。でもその間が繋がってないから、多分一年後に死ぬな」

 涼が「海外旅行」に行く前に、アキラに言われた言葉だ。当時は意味不明だったし、いつも通りアキラが煽ってきているだけだと思っていたのだが、今は何となく理解できる気がする。


 あまり真剣に相手をする気にならないとは言え、このままではさすがに気後れもする。なので涼は適当に話を合わせ、当り障りのない事を言い、責任を取らされない程度の助言をしていた。

 そのうち、相手は満足行くまで喋れたようで、帰って行った。


 涼は、そのまま喫茶店で考え事をしていた。

 自分も前は焦ってたな、一刻も早く何とかしないと全てが駄目になる、そう言う強迫観念にでもとらわれていたかのようだったな、と。

 今もそれがないとは言えない。いくらか和らいだとは思うが。


 あの頃、まだ薬しか飲んでいなかった頃に考えていた五年十年先、五年はとっくに過ぎていて、もう何年かで十年が来る。今の自分は、あの頃思った自分と近いだろうか、遠いだろうか。

 正直なところ、どうだったか、どういう姿を思い描いていたか覚えていない。

 人の記憶システムというのは、結構都合よくできているのかもしれない。涼はそう思った。


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