「求めたはずの退屈」
結局、大した変化はなかった。と思う。
色々と思い返したり、切ってしまったりと、出来事というものはあったと思うのだが、期待したほどの変化は起きず、認識が大きく変わる事もなかった。
だが何がどうあろうとも、時は過ぎていくし、戻る事もない。日常は続いていくし、続けざるを得ないのだ。
涼はそんな事を考えながらも、与えられた仕事、スーパーのレジ打ちをこなしている。
一応法的には女性と認められているから、たまに漏れ聞こえてくる、「こういう人」の就職難とほとんど無縁ではある。何よりアルバイトしかする気はないので、なおさらだ。
漏れ聞こえたと言えば、ネットを見ている時に、その就職難についてのコラムを読んだ。
内容はと言えば、「体は男で、まだ何もしてないで髪を伸ばしているだけだが心は女だ」という者が雇ってもらえなかったから、やれ差別だの、日本は遅れているだのと、好き勝手な事ばかり言っているのに対して、そういう人の互助会的な物をやっていると自称する者が、よしよし可哀想に、と言っているだけのものだった。
恥ずかしいとしか言いようがない。無関係な他人の話であっても。
涼はそう思うし、ああいう連中は威張り散らしているように見えている。勝手に自分を弱者と位置付けた上で、その弱者様の論理で勝手を通そうとしているように感じている。
今のところ直接の害は受けていないし、苦情など言っても聞く相手でもないだろうし、そもそも関わりたくない。だから放っておくしかないのだが。
やめよう、今は仕事中だ。人に知られてはいないものの、自分だってその仲間だ。これは否定しようがない。だがせめてもの矜持を保つため、騒ぐのではなく、仕事をちゃんとこなすべきだ。涼は気持ちを切り替えた。
帰宅してまず思ったことは、「いつまでもこんな事していられないな」だった。
今まで何度となく、何度か覚えていないほど思ってはいるし、結局何かを変える事もできてはいないのだが、最近はだんだんと、そういう思いは強まってきている。
そろそろ20代も半ばに差し掛かる。事情を知る者は周りにいないとはいえ、それでも数少ない知り合い、バイト仲間や大家のおばさんに、彼氏はとか結婚は考えてるのかとか、話題に出される事もある。
そろそろ、だろうか。涼は思った。
涼は定期的に、引っ越しをしている。ある程度金がたまり、そして、踏み込んでくる者が増えてきたら、一度全て切り捨てて、新しい土地へ行ってしまうのだ。
誰かと長く、深く付き合ってしまうと、ボロが出てしまうかもしれない。それを恐れているから、そうなりそうになったら逃げてしまう。
次はどこに行こうか。思い切って地方を変えてしまおうか。いやいっそ、ジュンの近所にでも引っ越して、ただ近くにいるという嫌がらせでもしてやろうか。
ジュンと言えば、今思えば拍子抜けだった。かなり構えて会ったわりには、あまり殺伐とした展開にもならなかった。殺伐となりたかったわけでもないが、思ったより平穏だったし、自分は相手をそこまで恨んでいなかった事が分かった。
そして自分が思うほど、向こうは気にしていなかったように見えた。それに対して多少腹は立ったかもしれないが、あくまで多少だ。
じゃあ私なんで切ったんだろう。何かがショックだったんだろうか。ああこれ、堂々巡りになる。薬どこだっけ。
しばらくして落ち着いた涼は、また、いつまでこうしてるんだろう、と考え始めた。その途中で、仕事中に思った、大した変化はなかったというのは誤りだと感じた。
多分、良くない傾向になっている。そんな風に変わった気がする。
自分は、何もない、悩みのない平穏な日常を送りたいから、こうしたのではなかったのか。
手術をして、手続きもして、そして得られた物を持って、ただ平和に生きていければ良かったはずではなかったのか。
やはり良くない傾向だ。久しぶりにアキラと会ったり、ジュンに会ったりして、良くも悪くも刺激になった。刺激も悪くないと思ってしまった。浮き足立っているかもしれない。
また今日も、考え事してたら夜になってしまった。涼はため息をつくと、眠ることにした。今日は嫌な夢を見なければいいな、と思いながら。




