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「晴れない霧」


 ……何年ぶりだろう。いや、それほど前じゃないか。でも少なくとも最後にやったのは、1年以上前ではある。

 やっちゃったなあ。どうしよう。隠すには微妙な場所だ。長袖にするにも不自然な季節だ。

 うーん。日常的な行動で怪我をする場所ではない。バンドエイド一枚で隠せる大きさでもない。ちょっとどこかに引っ掛けたと言うにも、無理がある。

 縫うほどではない。その程度で済むようにやっている。慣れている。そして経験と実績と、10年は付き合ってきたこのカッターナイフの切れ味も信用している。大人しくしてればくっつくだろう。


 とうとうお前は、夢どころか、現実でまで私を切りつけるのか。全く。

 まあ結局自分は自分なんだから、勘弁してやるけど、ほどほどにしてほしいよ。


 腕の傷口をガーゼで押さえながら、涼は考え事をしていたが、何かに気付いて急に頭を振った。

 自分は自分。それは今までは考えてもいなかった、考えたくなかった事だ。

 人は関係ない、という意味ではなく、今まで殺そうとしていた自分を、自分として受け入れてしまった事。そこに自分で驚いた。


 会うべきじゃなかったかなあ、と涼はため息をついた。

 何だか、殺すか黙らせるかしたかったはずの涼太を、元気にさせてしまったのではないだろうかと。その可能性を考えはしたはずだが、何かが変わる可能性に賭けて強行した。実際変わりはしたのだろうが、やはり無条件に歓迎できる事でもなかった。

 後悔ばっかりだ。やる事なす事、ほとんどが後悔に繋がっている。思えば昔からそうだったのかもしれない。自分の行動に、何か胸を張れるものはあっただろうか……?

 できるだけの後悔はしたというつもりでいたのだが、考えていると次々と後悔の種は出てくる。


 あの頃、もう少し自制できていれば彼は逃げなかったんだろうか。

 嘘をついてもらうのが当たり前になっていた。相手の負担も考えれば良かった。

 親をボコボコにしたのは、さすがに少しやりすぎたのかもしれない。手の火傷痕も消えない。

 テレビ番組を録画するのを忘れた。まあこれはどうでもいいか。


「そもそも、なんでこんなもの目指しちゃったんだろうね」

 たまに頭をよぎる、普段はかき消そうとし、口にも出さないようにしている考えを、久しぶりに口に出した。部屋に自分一人しかいないから、誰も返事をする者はいない。

 心の中の涼太が話しかけてくるなどという事があったら、まあ面白いが、その時には自分は本当に気が触れているのだろう。涼はそう思った。


 出口のない迷路にとらわれているような。そんな行き場のない、漠然とした不安感。

 いや、きっと出口はあるのだろうが、見えないのだ。きっと何かをしなければ、見えないのだろう。どうすればいいのだろうか。

 涼は結局行き場のない、もやもやとした物を感じていたが、腕の傷から出血が止まったことに気付いて、ガーゼの換えと軟膏を用意するために立ち上がった。


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