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「いつか見た夢」

 ほんの数日後に、涼が思うところの、ボスとの決戦の日はやってきた。

 とは言ってもこれは最終ボスではない。それは自分の中にいる。その扉を開くための鍵を持っている中ボスだろう。そんな風に考えたが、涼はそれを打ち消した。


 現在は、ゲームなどほとんどしていない。事になっている。涼と言う女は、現在のバージョンでは、子供の頃からパズルゲームくらいしかやった事はない。だからこういう考え方は、今の自分を構築するためにはよろしくないのではないか。いやどうだろう。涼は思案を続けている。


「なんか様子おかしいね。まあいろんな意味で分かるけど、そんな緊張しなくても」

 アキラはいつも通り、意地悪く笑っている。それを見て涼は、現実に引き戻された。

「……ずいぶん、前よりだいぶ、太ったよね」

 涼は、カラオケルームでテーブルの向かいに座っているジュンに向かって、声をかけた。


 大相撲について、公共放送でわいせつな映像を流すな、けしからん。というのが涼の見解である。そう言いつつ、仕事がなければ欠かさず見ているのだが。

 できれば思い出したくない事だが、あんな事があった時のあの男、初恋の相手は、控えめに言っても実に体格が良い男だったのが、涼の嗜好を決めたのだろう。自分でも間違いないと思うし、付き合う相手も、そういう相手ばかりを選んでいた。

 なのでジュンのこの変化については、歓迎すべきものでもあるのだが、困る。

 心の中でずっと引きずっていた相手が、場合によっては敵として見なければならない相手が、自分にとっては、前より何倍も増して魅力的になって現れてしまった。そういう事になる。

 だから涼は様子がおかしい。妙な事を考えては打ち消し、新たに考えては打ち消し、という事を繰り返していた。


 しばらくたって、やっと涼は落ち着きを取り戻した。そんな事を考えている場合ではないと、やっと自分を納得させる事ができた。


「どうしてだったのかな」

 聞くまいと思っていた事を、涼は最初に聞いた。自分で理由は分かっていたはずなのに、なのに、ジュンから直接理由を聞きたいと思った。

 どうしてとは、何をなのか、何についてなのか、あまりに説明不足な質問だと涼自身も思ったのだが、意味が通じる確信はあったし、実際に通じたようだ。

「辛かったんだよな、嘘つき続けるの」

 吐き出すように、ジュンは言った。

「……まあ何言ったって、言い訳だけどな。ずいぶん馬鹿にした言い方だと思われるかもしれないが、騙されやすいんだろうと思う、涼は」

「言い過ぎじゃないの?」

 アキラが横槍を入れようとしたが、ジュンはそれを無視して続ける。

「分かってるよ。騙されやすいんじゃない。騙されたかったんだろう。嘘をついてくれる人が必要だったんだろう?」


 ジュンは煙草に火をつけた。涼は小さくうなずいて、アキラは備え付けの電話でジュースを頼んだ。

「そうだね、嘘ついてほしかった。本当は分かってた、嘘だって」

「そしてその嘘を、分かってて鵜呑みにして、次はもっと大きな嘘をついてほしがってたよな」

「……白雪姫はピノキオの顔に跨って言いました。嘘ついて、もっと大きな嘘ついて」

「悪いけど、アキラ、黙っててくれないかな」

「はい。でもたまにこうして場を和ませないと、刃傷沙汰になるんじゃないかと心配でね」

 アキラは舌を出すと、ジュースを飲み始めた。涼とジュンは、同時に溜め息をつく。

「もうひとつ、こっちの理由のほうが俺には重大だったんだけど、あのまま一緒にいたら、俺は止めてはいたけど、遅かれ早かれ、振り切って手術しに行っちゃったんじゃないかな。そこ見たくなかったんだ」

 ジュンは煙草の煙を吐き出してから続ける。

「そんな事をしても、幸せになんか、なれるはずがないと思ったから。好き好んで人生を棒に振る決定打をぶちかますのは、俺に見える場所でやって欲しくなかった」


 将来の夢を一緒に見た相手。「成し遂げる」事ができたら、一緒に世界一幸せになれるかもしれないと当時は思っていた相手。その相手にこう言われて、涼は頭の中が真っ白になった。

 だが、激発はしなかった。自分でも分かってはいたからだ。幸せにはなれないとか、人生を棒に振るとか、言葉は違っていても、そのようになる事は考えていたし、実際にそれを否定できる材料も、今の自分からは出て来ないからだ。

「まあ当時だったら、言っても聞かなかっただろう? 最悪、刃物でも振り回してたと自分でも思わないか」

 涼は実に複雑な表情を浮かべながら、うなずいた。

「聞くべきじゃないんだろうけど、涼は……」

 ジュンが言おうとすると、アキラが割って入る。

「じゃあ聞くな。茶々入れるつもりじゃなくて、そう思うなら聞かないほうがいいんじゃない?」


「幸せでは、ないかな。あんまり」

 アキラを無視してそう言ったのは、涼だった。

「そうか」

 いつかと同じだ。涼は思った。心を振り絞って出したつもりの言葉に、そっけない返事を返される。それは悲しい事なのかもしれないが、なぜか心地良い。

 無責任な奴めとか、それでいいのかとか、アキラは言っているが、涼もジュンもそれを無視している。邪魔といえば邪魔だが、雰囲気が悪化しすぎないようにする効果は確かに発揮しているような気がしているため、黙れとも言わない。

「後悔は、してるのかな」

「材料が多すぎて、どれを後悔すればいいのかも分からないけど、まあできる部分の後悔は、し飽きちゃった」

 ジュンの質問に、涼は、複雑な表情のまま答えた。



「……何か、納得する材料か、落ち着く材料でも、拾えた?」

 ジュンが帰った後、アキラは涼にたずねた。珍しく、女性らしさを意識した声と語り口で。

「会わないよりは、会って良かったとは思う」

「ふーん」

「うーん、まあ、今の姿見ると、逃がさなきゃ良かったとは思った。それだけかな」

 涼は笑っているが、本当に楽しくて笑っているかどうかは、アキラには分からなかった。


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