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「汽水域」

「さて、そこまで出来上がったようだけど、夢や希望は芽生えた?」

 アキラは座って涼と向かい合うなり、嫌味たっぷりの笑顔を浮かべながらそう言った。


 涼が思うに、このアキラは、自分よりも相当恵まれている。元々男にしては背が低かったし、顔付きもあまり男らしくなかった。その上、金まで持っていた。

 目指す方向は一見同じに見えたが、実のところはかなり違う。

 アキラは女になどなりたくなかった。男性である証拠も戸籍も残しながら、外見だけ女性のように取り繕うため、高い金を費やして外科手術を繰り返している。


「なりたくないよ。なんでかって? なれないものになろうとするわけない。まあもし、惚れた男の子供でも産める技術ができたら、考えないでもないかな」

 アキラの思想は、この一言に集約される。と、本人は主張している。


「答えなくていいよ。夢や希望があるような顔、してないしな」

「……」

「まあ切り落とす前よりは、ましかな」

 ここは、結構やかましい居酒屋の個室だから、多少際どい話題でも、仕切りはあるし、周りにかき消される。しかし涼は、気になってしまう。

「できたら、そっちの話は避けてもらいたいんだけど」

「できるかは分からないけど、まあご希望なら気をつけてもいい」

 アキラは相変わらず意地悪に笑いながら、煙草に火をつけると、一度大きく吸い込み、上に向かって煙を吐き出した。


「で、何となく察しはついてるけど、何の用だ?」

「それも、やめてくれない?」

 アキラはたまに、作らない声で、そして男言葉で喋る。外見は女性に見えるのにだ。

「不自然や演技を突き詰めるのは勝手だけど、自分一人でやってくれや……他人を巻き込むのは、他人の自然体を否定するのは、ただの迷惑じゃないの?」

 アキラはさらに意地悪な顔になると、前半と後半の声色を変えて言った。涼はため息をつく。

「相変わらずなんだから……」

「ま、あなた相手だから、そこも譲ろうかな。どういった用件なの?」


「彼に、会ってみたいなって。連絡取れる?」

「やめとけ」

 譲ると言っておきながら、アキラは地声で即答した。そしてそのまま続ける。

「殺人幇助は嫌だよ」

「さすがにもう、そんな事思ってないから」

「前は思ってたのかい。思ってるんじゃないかと思ってたが、やっぱり」

「それはいいけどアキラさん、質問には答えてない」

 アキラは煙草を消すと、少し考えこむような仕草をした。

「連絡は取れるし、たまには取ってる。でも協力はしたくないな。まあ自分は悪趣味とは思うけど、深刻なトラブルになりそうな事に、好き好んで協力するほどじゃない」

 アキラはまた煙草に火をつけた。

「うーん」

「どうしたの?」

「まあいいか。少し思う所もあるから。いくつか約束できるなら、連絡取るけど?」

「できる約束なら」

「彼に深刻な危害を加えない事と、私も同席する事。これが飲めるなら」

 涼が考えこんでいると、アキラが補足するように続けてきた。

「危害加えるなってのは、今私とあいつがそれほど仲いいってわけじゃなく、傷害や殺人の片棒担ぎたくないってだけ。同席は、そうなりそうなら止めるためと、野次馬的興味。どう?」

「……約束する」

「OK。じゃあこのへんの話は一旦やめて、何年ぶりかの再会でも祝おうかな」

 アキラが掲げた、時間が経って泡の減ったビールジョッキに、涼はウーロン茶のグラスを軽くぶつけた。


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