魔法使い曰く、
赤い満月の夜、王宮に仕える魔法使いが言うには、可憐な乙女が喚び出されたのだそうだ。
栗色の髪に胡桃色の眼。白い肌とぽってりとした桃色の唇が愛らしい、それはそれは可愛らしい少女で、遠い世界からやってきたという。
さてこの麗しの乙女、王に見初められて近いうちに王妃になるかもしれないそうだ。だが、そこには少し問題があるみたいだ。
ひとつ、乙女には呪いがかけられていること。
ふたつ、乙女と一緒に黒毛の魔物が引っ付いてきて、乙女を連れ去ろうとしていること。
どちらも大した問題ではない。乙女の呪いは魔法使いの力を使えばどうにかなるし、魔物も対して強いわけじゃあない。乙女の呪いを解くには魔物を殺せばいいことらしいし。
でも、またここで問題発生だ。
どうやら、黒毛の魔物は勇敢な王の迫力に尻尾を巻いて逃げ出してしまったようなんだ。とんだ腰抜けの魔物は王に守られる乙女を見つめてぐるぐる呻いたけれど、結局逃げ出してどこへやら。いつまた乙女を浚おうとするかもわからないし、乙女の呪いを解くためにも、王は黒毛の魔物を追いかけて国中を探しているんだとさ。
そこまで聞かせて若い男は、部屋の隅で鼻を鳴らし泣いているらしい奇妙な生き物を見下ろして溜息を吐く。決して呆れたからだとか、面倒臭いからそうしたのではなく、可哀想にぶるぶる震えて頭を抱えるその生き物があまりにも哀れで哀れで仕方がないからため息を吐いたのだけど、生き物はそんなこと知る由もない。若い男の溜息に、びくりと身体を震わせて、いじましくも息を潜めて泣いているではないか。若い男が被せてやった外套で頭を隠し蹲る生き物の様子に、男はしかめつらを困ったような笑みに変えて、片膝をつき外套の奥の顔を見つめてやった。
若い男の被せた外套の奥には、真黒の目があった。黒くつぶらな丸い目が二つあって、そこからぽろぽろとめどなく涙が流れている。顔には眼と同じ色の真黒な羽が隙間なくびっしりと生え揃い、また真黒な嘴が目のすぐ下からにょっきりと生え、固い木の実も簡単に割り潰してしまいそうな硬質さを持っているのだった。人のような四肢を持ってはいるが、腕は顔と同じく黒羽に覆われた指の無いもので、脚は鋭い鉤爪の生えた黄土色。若い男は、まるで烏のような姿をした生き物が変な声で鳴きながら涙をこぼすのを、どうにもこうにも奇妙な心地で眺めながら、そいつが落ち着くまで辛抱強く慰めてやる。
そして泣き疲れてウトウトとし始める生き物を片手で小突きながら、男は神妙な顔つきで語り始めるのだった。
「国王陛下にもほとほと呆れさせられる。毒婦を娶って姦計に踊らされたかと思えば、女日照りに耐え切れず自ら嫁を取り寄せるとは、何とも度し難い。ああ、困ったものだ。私が留守の間を弟子に預けたことも失策だったか、よもやこのような暴挙に出るとは想像もつかなかったな。揃いも揃って木偶の棒ほどの役にも立ちはしない。先の将軍閣下がこのような王宮の醜態を見たならばどれほどお嘆きになることだろう。閣下は背に一本の鉄柱を挿し伸ばしたようなお方で、何よりも清廉潔白という言葉がお好きだった。あの方がご存命であれば、このような王家の醜聞なぞ毛ほどにも許しはしなかっただろう」
つらつらと身の上話を語って聞かせる男の様子に魔物は時折コクリコクリと頷いては落ちそうな瞼を持ち上げて相槌。男がしつこいくらいに王宮の珍騒動だとか弟子がどれほどボンクラであるかを熱弁するうちに魔物は次第に怯える仕草も解けていった。獣の顔からは感情など判別し難いが、しかし烏の振舞は、烏がようやく落ち着きを取り戻したことを雄弁に語っているのだ。
それを認めた若い男は不意に、不肖の弟子を破門とすることを考えているという話を止め、きりりと引き締めた表情で烏の眼をじっと見つめる。
頃合いだろう。そう考えて若い男は、再び口を開いた。