七話 犬耳って配点高いよね
シラサゴ西部にある閑静な住宅区画。
石畳の道路に添う形で建てられたアパルトメントがあり、そのどれもが古びているが、しっかりとした作りのため、崩れる心配はない。
連なっているアパルトメントを隔てる壁や塀などはなく、様々なデザインの建物が幾つも混ざりあっていた。
土地が限られているため、壁や塀を作る分だけ人の住む場所が減るので、こうした工夫がなされるのだ。
しかし全く隔てるものがないわけではない。違う建築会社のアパルトメントが重なる場所にある、一部屋分の幅を使った下へ降りる階段がそれだ。
階段は地下へと通ずるもので、そこには幾つもの扉があり、その全て人の住む部屋へと通じている。
通路は術式が施された照明器具で明るく照らされ、不潔感や不気味さと言うものはない。
キチンと整備されたものだった。
そんな地下の部屋の一室。畳まれた布団と本棚と小さなテーブルぐらいしか置かれていない簡素な部屋に鷹人と真冬がいた。
「ごめんね、なんにもない部屋で。お父さんと勘当してから、こっちで暮すようになったんだけど、なかなかゆっくりする時間もなくて……」
真冬はキッチンでお茶を用意しながら、そう言った。
テーブルの前に座って、部屋を見渡していた鷹人は、
「いやいや。大変だったんだろうし、仕方ねえよ。 ……それよりも悪かったな。さっきはいきなりあんな事言って」
「ううん、気にしないで。たぶん鷹人ならそう言うだろうとは思ってたから、覚悟はしてたの。 ただ、やっぱりいざ聞いたらかなり動揺しちゃって……」
議会堂を出た後、真冬は『二人で話したい』と、皆にあいさつする間もなく、鷹人をこの部屋に連れてきた。
その頃にはある程度の気持ちの整理がついたので、こうして見た目だけはいつも通りになっている。
が、親しい人には彼女がそうでないことに気が付くだろう。
「……ホント変わらないわね、鷹人は。いきなり無茶な事言い出すところとか、そのまんまじゃない」
変わったのは見た目だけね。と付け加えた真冬は、お茶を入れた湯呑を小さなテーブルにおいて、自らも床に腰を下ろした。
鷹人は微笑でそれに返しながら、お茶を飲む。真冬もそれに続いた。
しばらく沈黙が続き、それは鷹人の視線が、本棚の一角に向けられてから破られた。
「あの写真……」
写真には、盛孝と千秋、真冬の三人が笑顔で写っていた。
しかし、
「無理に笑ってるでしょ? 〝家族〟で撮る最後の写真だから笑顔で写ろう、って千秋がね……」
自嘲気味につぶやいた一言。鷹人には重く伝わった。
真冬が正式に勘当を受けたのは三年前。鷹人がシラサゴを出てからだ。
話はそれ以前から出ていたので、鷹人も話だけは知っていたのだが、現実を目の前にするとやはり堪えるものがある。
そもそも、真冬を勘当するという話は、この街でも是非が分かれた。
盛孝の見解は『政治的に利用されないため』というもので、これに関しては納得できる人間も多かったが、問題はここからだった。
ただでさえ問題が多いこの都市で、贄神が自らの娘を切って捨てたという事になれば、それこそ他都市に付け込まれる要素となる。
だから真冬自身が勝手に家を出て行ったという事にしたのだ。
それならば、『娘に振り回される父親』で済む。
ここで意見が分かれた。
勝ってに出て行ったとなれば当然、盛孝や千秋と会えないし、一人で暮らすことになる。
まだ十四歳前後の年頃の娘には厳し過ぎる。
無論、街の住民は全力でサポートするつもりだったが、それでも思春期を迎える子供が親兄弟の支えなしにちゃんと育つとは到底思えない。
また、誰かの家で暮らすというのも無理な話だった。
皆、自分の暮らしで精一杯で、いくら働くと言っても娘一人引き取る余裕はないからだ。
流石にそこまでしなくてもいいんじゃないか、という声が多数あがり、しかし、こうしなければ、『贄神になれない継承者第一位』という複雑な状況に身を置かれることになるという現実もあった。
結局、どちらを選んでも茨の道。
真冬は思った。
……鷹人ならどうするだろう……
しかし、その答えを聞く前に彼はこの街を出て行ってしまった。
結果、真冬はやはり一人で生きる道を選んだ。
「……俺がいない間に、ずいぶんと変わったんだな」
「しょうがないわ。三年もあれば誰しも変わるものよ。――鷹人は例外みたいだけど」
くすりと笑う真冬に、鷹人も思わず微笑を浮かべる。
「勘当されてから一年経ってようやく色々と落ち着いて、業務時間以外は二人に会えるようになったから、住む場所が違う以外は普通に家族なの。だからそんなに寂しくはないのよ?」
そう言うが、元々家族思いの子だ。寂しくないわけがない。
しかも、幼少の頃から支えあった仲の鷹人も、同時期に彼女の前からいなくなった。
タイミングが悪かったと、それで済ませればそうなのだが、
「ごめん。そんな大変な時にいなくなっちまって……」
頭の悪い鷹人だが、何年も共に過ごしていた真冬の事は誰よりも理解していた。
「……らしくないじゃない、鷹人。貴方そんなにしおらしかったっかしら?」
珍しそうに小首をかしげる真冬に、鷹人は苦笑いで返した。
「流石に俺も、TPOはわきまえてるさ。――たぶん」
「やっぱり、鷹人ね」
「違いねえ」
笑い合い、さきまでのしんみりとした空気はなくなった。
そういう件に関してまだまだ話合いたいことはあるが、二人は、ひとまず休憩という暗黙の了解を得た。
「それにしても、いつまでそのニット帽かぶってるんだ?」
「え?」
真冬は頭に触れ、そういえばかぶったままだったと気付く。
そしてそれを脱ごうとしたところで手が止まった。
「ん? どうした?」
「えっと、その……。笑わないでね? 絶対笑わないでね!?」
「お、おう。なんかあんのか?」
「別に、大したものじゃないんだけど……」
「禿げてるのか?」
「違う!」
鷹人の中では禿げていることは大したことではないようだ。
真冬は、恐る恐るニット帽を脱いだ。
そして彼女の頭頂部には、見慣れない二つの突起があった。
「犬耳……?」
そう呼ぶにふさわしいものがついているのだ。
ピンと立ち、うぶげは彼女の髪と同じクリーム色。
時折、ぴくぴくと動くのはずっと畳んでいたからだろうか。
「そ、そうよ。私、獣人系異族と人間のハーフだから特性が出るのに時間がかかるの! 三年前はまだそうなってなかっただけ。……決して趣味でつけてるわけじゃないからね!!」
一気にそこまでまくし立てると、真冬は顔を真っ赤にしながらうつむいていた。
しかし、偶にちらちらと顔を上げ、鷹人の様子をうかがている。
恥ずかしいが、彼の反応が気になる。と言った心境だろう。
異族というのは、大昔に瘴気を浴び過ぎて突然変異を起こした人間の末裔にあたる。
まだ空に上がってなかった時代だ。
そのハーフだからか、体の基礎部分は人間(と言っても母は獣人で元々、人と同じ様な見た目だった)で、成長するにつれ、徐々に獣人系異族の特性が出る。
「……」
彼も驚いているのだろう。
ポカンとした表情で、真冬の上をじっと見ている。
「うぅ……。そんなに見ないでよ……」
実際、生え始めたころ街の皆からは、からかわれるし、それはもう大変な目にあった。
異族が他の都市に比べて圧倒的にすくないシラサゴ住民にとっては好奇心の対象だったのだろう。
「くくっ……」
鷹人は慌ててうつむき、声を漏らす。
「あっははははははははははははははははははははははははっ!!」
「わ、笑わないっていったじゃない!」
真冬は、キッと鷹人を睨んだ。
「いや、悪い悪い。まさかお前がそんな事で悩んでんのかと思って。――そういうところは変わってねえな」
鷹人は目じりに溜まった涙をぬぐいながら、息を整え、
「俺は三年間、他の都市を周って色々見てきたけど、犬耳なんていっぱいいたぜ? 顔がネズミのヤツもいたし、牛頭もいた。気にする事ねえよ」
ケラケラと言ってのける彼。
「でも、街のみんなは珍しがるわ。それこそ見世物のように」
「そりゃあ、この街にはほとんど異族いねえもんな。しゃあねえよ」
「だから……」
真冬はあきれた。
世界的に見れば珍しくないかもしれない。
しかし、この街では……
そこで昔の父の言葉が頭をよぎった。
『お前はまじめだから目の前のものしか見えていない』
鷹人は逆だな。と最後に付け加えられたその言葉が、不意によみがえった。
真冬は思考した。
鷹人と逆、というのを今回に当てはめてみると、やはり視点の違いだろうか。
彼の見てきた世界は、異族も珍しくなく、偏見というのもないのだろう。現に鷹人は『異族だからといって何かあるわけでもない』と言っている。
一方自分は、この街が全てだ。他の都市と言われてもピンとこないし、想像もできない。
価値観も、力の強さも、物の値段も。全てこの街もものしかわからない。
……私の世界は狭すぎる
今の自分には、井の中の蛙という言葉がぴったり当てはまるのだろう。
見てきたもの。
感じたこと。
触れたもの。
聴いた音。
どれもシラサゴのものでしかない。
「世界はさ、俺たちが思ってる以上に広いんだ! 俺はその一部を見てきた。だから解る。楽しいことも不思議な事も、世の中にはいっぱい溢れてる! それを見たら、お前のその耳だってなんら不思議じゃないさ!」
にしし、と笑った鷹人は、だからと続け、
「一緒に来い、真冬。お前にもっと色んな世界を見せてやるよ!」
震えた。
それが心なのか体なのか分からないくらいに。
彼と話したこの数分で、ずいぶんと思うところがあった。
自分の世界が狭いこと。
自分の悩みがちっぽけなこと。
そして、世界はもっと広いこと。
好奇心。
とでもいうのだろうか、今真冬の心の中ではドキドキとわくわくという、何とも少年じみた
ものが渦巻いる。
だが、理性も働く。
危険であること。
楽しいことばかりではないこと。
いつ死ぬか分からないこと。
だが、それ以上に、『もっと世界を見てみたい』という思いが強かった。
「……私も――」
言葉を続けようとしたとき、しかし、大きな理性が歯止めをかけた。
それは使命と責任感から来るもので、
「ごめん、私は一緒に行けない。見てみたいものもあるし、すごく面白そうだけど、――でも」
口端をわずかにあげ、
「この街が好きだから。離れられそうにないわ」
「そうか」
鷹人は残念そうに肩を落とした。
「あっ、じゃあ一つだけお願いいいか?」
「ん? なに?」
ころころと表情変わるなあ、と心の中で楽しんでいた真冬。
断った手前だ、できる限りは聞いてやろうと心構えをすると、
「耳、触らせてくんね?」
真冬は『おい』と心の中でツッコンだ。