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五話 マイペースもほどほどに!

すいません!

だいぶ遅くなりました(汗)

今回は結構長いです




「なんやあの二人、えらいええ感じになってるやないか」


臨時港に着港した航空艦〝日柳くさなぎ〟の上部から声が響いた。

日柳は今、艦体の至る所に運搬用のワイヤーが巻かれ、術式と人力によってドックへと運ばれていく最中だ。

グランは傭兵団の代表として作業員と打ち合わせに、黒と紅の姉弟は衝撃によって艦内部に大事ないかを確認しに行っている。

よって艦の上部にいるのは、消去法と声の特徴からしてアイナだ。その彼女は望遠術式が仕込まれた筒を覗き込んでいる。が、その場にもう一人いた。

七華だ。彼女は艦の左翼に補強用の紙でできた術符をペタペタと張っていた。そしてアイナの声に顔をあげると


「あまり見ては失礼ですよ、アイナ」


「ええやん、減るもんやあらへんし。――それに外であんなことしてるなんて、見てくださいって言ってるようなもんやで?」


筒から目を離し、数メートルほど離れた所にいる七華を見る。

対し七華は視線をそちらに向けることなく、


「それでも、です。大体それは作業員の方から『艦の上部から方向指示するために使ってくれ』と渡されたものではありませんでしたか? ちゃんと仕事しないとダメですよ?」


母親のように優しく注意を促す七華。しかしアイナは言葉を返す。


「大丈夫や。今運搬が作業員の乱闘で止まっとるから」


「……なにがあったのですか?」


呆れ気味に問うて来る七華に、アイナは『耳を澄ましてみ』とジェスチャーで伝える。

七華は言われた通り耳を澄ますと、わーわーと騒がしい声と肉を殴る音が聞こえて来た。

どうやら乱闘というのは本当らしい。


「バカ! そこどけよ! 見えねぇだろうが!」


「へへッ! 早いモン勝ちなんだよ!」


「あ、今ちらっと見えた!」


「――痛って!? 誰だ蹴ったの!?」


「七華ちゃんのパンツは俺のモンだ!」


「はあ? ふざけんな! いいからどけ!」


七華は、え?、と疑問の声を作る。今、自分は尻を艦首側に向け、四つんばいの状態で術符を張っている。ミニスカートのような制服なので当然見る位置によっては下着が見える訳で――


「――ッ!?」


七華は慌ててスカートの裾を手で押さえ、座りこむようにして隠す。


「あーあ……」


心底残念だという声が艦首側から聞こえてきた。七華は顔を真っ赤にして、


「ちゃんと仕事してください……っ!!」


口から出てきたのは羞恥心を隠すための言葉だった。そのセリフは真面目な彼女の性格が滲み出ている。

言うと、『へーい』という軽い声が帰ってくる。

次に七華はアイナをにらむ。言葉にはしないがその視線からは『なんで教えてくれなかったんですか!』という意味が込められていた。


「おー怖い怖い。そん睨まんでも……どうせあの位置からはちゃんと見えへんって」


「……そういう問題ではありません」


顔を真っ赤にして言う七華を横目に、くすくすと悪戯っぽく笑みを持ったアイナはまた術式仕込みの筒を覗き込み、作業員へと声を掛ける。


「はーい、サービスタイム終了やでぇー。ちゃっちゃと仕事しいやー」


アイナの言葉に対し、作業員は思い思いの返事を返した。

今度はちゃんと仕事をするようだ。


「アイナ、話は終わってませんよ?」


「はーいはい。お仕事がまだ残ってんねんから、それ片づけてからなぁー」


仕事が残ってるという言葉に七華は、うっ、と唸った。

それは事実であり最優先事項だからだ。真面目な七華には反論する言葉が見当たらず、


「……一段落着くまでお預けです」


アイナは言葉では『りょーかい』と返しすが、口端には笑みをもっている。

一度説教に入ると七華の話は長い。とても長い。この前も、電気を消し忘れていただけで二時間ネチネチと言われた。

しかし、今回のように期間を先延ばしにすれば彼女はあまり怒らない。特に自分が恥ずかしい思いをしたときは。

数時間前とはいえ、過去の恥ずかしい思い出を掘り出すのがいやなのか、それこそ十分程度で終わるのだ。


 そんな事を考えていると、筒越しの視界に人影が見えた。それは見覚えのある人影で、


「贄神様?」


都市の最高責任者である贄神だった。彼は工業地帯の端から、鷹人と真冬のいる場所を避けるようにこちらへと歩いてくる。


   ●


石造りの道を贄神は歩いていた。行き先は東の臨時港だ。

彼は鷹人達のいる方を避けているため、少々遠回りになる道を歩く。


「近道はなさらないので?」


彼の後ろ。一歩引いた位置から、秘書役で真冬の妹である少女――千秋が疑問の声をあげる。

真冬とは違い、肩あたりで切りそろえられた黒髪で、目や雰囲気は父である盛孝に似ている。


「今あそこは、取り込み中のようだからな。――それと千秋、今は仕事中じゃないんだ。そう畏まらなくてもいい」


優しい声音で言うと、千秋は顔を笑みに変えて彼の隣に並ぶ。


「――取り込み中ってどういうこと?」


千秋は小首を傾げて問う。それは先ほどまでの堅苦しい雰囲気はなく、年相応のものとなっていた。


「さっきの艦の衝突の時、鷹人があちらの方へ飛んでいくのが見えてな。真冬もその周辺にいたから、おそらく何かしら取り込んでいるだろう。三年振りに会ったんだからな」


「……私には見えなかった。というかこっから東の港まで一キロ以上あるのに……」


千秋の言う通り、現在地から東の臨時港まではそれなりの距離がある。

しかもその間には背の高い建物も数多く存在するので、東の港は見えたとしても人が飛んでいく一瞬を見極めれる筈がない。

だが、現に彼は言った。しかも絶対的な自信を持って。

千秋もそれを信じている。その信じがたい言葉を確信へと導いたのは、彼の過去を知るからこそだ。


「――〝大戦の英雄〟の名はだてじゃないってことね」


そう言いながら、千秋は記憶を掘り起こす。

三十年前の業魔対都市群との戦争。状況は数の差で、人類が圧倒的に不利だった。

その時、戦況をひっくり返したのが後に大戦の英雄と呼ばれる五人の男達だ。

彼らは五人だけで最前線に立ち、一万を超える業魔を薙ぎ払った。戦場に立つ者もそうでない者も、神に見放されたこの世界で、彼らを神のように感じただろう。

その伝説の男達の一人がシラサゴの現贄神である盛孝だ。

彼らは一騎当千の力を持ち、化け物と揶揄されることもあった程の実力者だ。

見ているものの次元が違う。


「大戦の英雄、か……」


盛孝は真剣な表情で呟いた。


「実はその英雄の一人があの船に乗っている。――もっとも今はそのことを隠しているようだがな」


千秋はしばらく呆けていたが、次には驚愕の色に染まり、『え』と続く叫び声をあげる。


「ほ、ホントに!?」


「ウソをつく理由もないだろう?」


教科書にも載っているような大物がいるという事実に、千秋は混乱を覚えたが、しかしすぐに秘書としての思考が浮かぶ。


「……ってことは、来客用の部屋掃除しなきゃだし、お茶とか用意しなくちゃいけないじゃないっ!?」


大戦の英雄が二人いるとなれば、当然来客として招きいれる。

千秋は『商店街の方でお菓子売ってるかな?』『お茶もいいモノあったかなぁ……』と悩み狂ったような勢いで、言葉を並べていく。


「お父さん! 私、議会堂に戻るから、寄り道しちゃだめだよ! ……あとお客さんに迷惑かけたらだめだからね!」


ドップラー効果を残しながら議会堂方面に突っ走っていく千秋に手を振り、贄神は微笑みを得て、


「……ああいうところは、母親似だな……」


風に消える様なつぶやきを残し、また歩き出す。


「――さて」


そう言葉で区切ると盛孝の雰囲気が変わった。

それは普段は見せないもので、


「グラン・エストニック……お前はあの時から、どう変わった?」


ニヤリと口端を引き上げ、獰猛な笑みを浮かべる。しかし口調は親友に対する親しみが込められていた。

それは、大戦の英雄同士という関係の意味を表していた。



          ● 



「べっくしゅんっ!!」


大きなクシャミが騒音を鳴らすドックに響いた。

蜘蛛の巣のように張り巡らされた金属製の足場と、それに捕らわれた獲物である航空艦〝日柳〟がある。臨時で作ったとは思えないような、しっかりとした作りのドックだ。

鼻をすすりながら、グランは思う。


……めんどうだねぇ


なにがそうなのかと聞かれれば全部と言うしかないだろう。

作業員との打ち合わせ、補給や修理の請求と、そして今後の打ち合わせ。

すべてが重要であるために手を抜くことは許させない。

否、別に手を抜いてもいいのだが、そんな事をすれば七華の制裁が加わり、しばらく酒が飲めなくなる。

それは嫌だ。

しかし、面倒なことには変わりない。こんな時は船のテラスで街の景色を肴に酒を飲みたいものだ。


「おーい、おっさん! アンタの所の嬢ちゃんが呼んでるぜ」


大きな声のした方へ顔だけ向けると、男性作業員が、二階の足場にいた。

彼の指さす方へと視線を向けると、飛んでいる鳥のようなシルエットの艦、日柳(くさなぎ)の頭というべき場所に、アイナが立っている。

彼女は胸のバッチをトントンと叩いた。

表情は遠くてよく見えないが、その仕草からは不機嫌差が滲みでている。

グランはそれをみて、ああ、と頷きを作ると、通信機の役目もある胸のバッチの上部にあるスイッチを押す。

すると、彼の目の前に空中画面が表示され、


『通信機の電源を切るな言うたやろっ!」


画面にはアイナがデカデカと写り、怒鳴ってきた。


「あー、はいはい、ごめんごめん。んで、なにか急用?」


適当に流しつつ、グランは二階の男性作業員に片手をあげ、礼ををする。


『お客さんや』


アイナは腕を組み、すこし表情を強張らせながら言った。


「俺にお客? ……ああ、盛孝か!」


グランは己の中で納得を得た。

かつての戦友である盛孝は、シラサゴ(ここ)の贄神だったな、と。


『そうや。艦の客間で待ってもうとるから、はよきいや』


「りょーかい」


アイナは通信を切った。

グランは虚空に消えた空中画面を見つめ、思案する。

こちらは身分を隠して来たのだが、どうやらお見通しだったらしい。


……そうか、アイツがねえ


グランの脳裏にかつての日々が思い浮かぶ。

今でもあの頃は鮮明に思い出せる、それこそつい昨日の事のように。


得物の重みと獲物の匂い。

血の海が広がり、生臭く鉄臭い匂いが充満し、何かの生き物だった肉塊がその中で浮いている。

そんな地獄絵図と言える場所を、自分たち五人が若さと正義感で突っ走っていく光景。


……懐かしいねぇ



他の皆も元気でやっているだろうか。

そんな事を考え、懐かしみながら、艦の方へと歩いていった。


          ●


日柳の客間には全員が揃っていた。

フェンリル傭兵団の面々とシラサゴ現贄神の白砂・盛孝。そして、勘当を受けてはいるが、贄神の娘である真冬だ。

彼らは全員ソファーに座り、会話をしている最中だったようだ。

自己紹介でもしてたのだろう。

場の雰囲気も、初対面の時にありがちなピリピリしたものではなく、和やかなものになっている。


「おう、グランのおっさん。やっと来たか」


鷹人の声をきっかけに、ほかの面々の視線がグランに集中する。


「おそいですよ、グランさん」


「いや、これでも早いほうなんじゃない? この前は一時間待っても来なかったじゃないか」


「たしかにそうさね。十分で来るってのはかなりの進歩な気がするさ」


「そうやな」


「お前らが俺をどう思ってるか、よく分かったよ」


そんな事をつぶやきながら、グランは空いているソファーへと腰を掛ける。


「んで、わざわざ皆さんお揃いで、一体どうしたんだい?」


グランはそう切り出した。


「遅れてきていうセリフではないな。グラン」


威厳に満ちた口調で言ったのは盛孝だ。


「おう盛孝、久しぶりだな。何年振りだ?」


「さあな、いちいち数えとらんよ」


ぶっきらぼうに返した盛孝。

すると、彼の横に座る真冬が苦笑いを作り、


「もう、お父さん……。すいません。こんな態度ですけど、父も再会できて喜んでいるんですよ? 私もよく英雄時代の話を聞かされまして、グランさんのことも嬉しそうに話してましたし」


「……余計なことを言わんでいい、まったく」


照れくさそうな盛孝を見て、盛孝の隣、真冬の反対側の方に座る鷹人はニヤリと笑みを浮かべ、


「盛孝のおっさん、相変わらず真冬に頭あがんねえんだな」


からかいを含んだ言葉に、グランも追い打ちをかける。


「はっはっはっ、こいつ親バカな所あるからなあ」


増々居心地が悪そうな表情になる盛孝を横目に、グランは真冬に目を向け、


「そうか、この子が真冬ちゃんか……。母親に似て美人だねえ、この親父の血が入ってるとは思えないよ」


にやにやとしながら言うグランに、真冬は苦笑いを浮かべる。


「おいグラン! うちの娘をナンパする気か!」


グランは変わらず笑みのままで、


「そんな気はないっての。それに、そのセリフは鷹人に言ってやりなよ」


え? と不意打ちを食らった鷹人は間抜けな声を上げる。

盛孝はジロリと鷹人をにらむと、


「――どういう事だ、鷹人? ん?」


「い、いや、なんのことやら……」


凄みのある顔で迫られ、精一杯の笑みを浮かべようとする鷹人。しかし、顔が引き攣っている。

そこに、グランが止めを刺すかのように、


「何もない? だったらさっきまで路上で抱き合っていたのは別人かな? 栗色の髪とクリーム色の髪だからてっきりお前たちかと――」


「鷹人ぉッ!!」


盛孝が叫ぶ前から鷹人は席を立って、逃走の準備を整えていた。こうなることが予想できていたのだろう。

そのまま彼は出入り口まで来ると、


「グランのおっさん、後で覚えてろよっ!!」


そんな捨て台詞を残しながら廊下を走っていった。

隆盛もその後を追いかける。

彼らが突っ走っていった廊下からは、


『まて鷹人!!』


『誰が待つか! いい加減娘離れしやがれ!!』


『なんだと、この悪ガキが!! 成長したのは見た目だけか!!』


『バーカ、ちゃんと正座と土下座できるようになったっての!!』


『それを成長とは言わんわぁ――ッ!!』


『ちょ、待って!? ストップストップ!!術式使うのなんてはんそ――』


言葉の途中で叫び声が聞こえた。

しかし、声の途中で扉が閉まり、部屋に静寂が訪れた。


「えっとぉ……すいません、バカ二人がご迷惑を」


グランに路上でのことを暴露された恥ずかしさと、父と幼馴染のことに対する恥ずかしさのダブルパンチで、顔を真っ赤にしながら謝る真冬。

俯き、ニット帽を目深にかぶって必死に顔を隠そうとする仕草は、何故かさまになっていた。


「いやいや、気にしなさんな」


「貴方が言うセリフではありませんね」


七華は冷静なツッコミを入れ、軽く咳払いをすると、


「――で、静かになったのはいいことなのですが、私達が集められた理由が未だにわかりません。何か用件でもあったのでしょうか?」


「んんー、もしかしたら、議会堂の方へみんなを招待する予定だったんじゃないかな? お客さまだって言ってたし」


真冬は今だに少し恥ずかしいのか、うつむき加減で推測を話す。

グランはそうか、と言って、


「じゃあ、俺は鷹人と盛孝が帰ってくるまで待つよ。積もる話もあるからさ。お前らはどうする?」


「アタシは買い出しにでもいってくるとするさね。本当にお呼ばれだったとしても適当に断っておいてくれるとありがたい――面倒だし」


「僕もお呼ばれはお断りかな。堅苦しいのは嫌いだし。姉さんと一緒に買い出し行ってくるよ――面倒なことになりそうだしね」


「私もパスです。面倒そうなので」


贄神のおさそいを面倒の一言で切ってすてるマイペースさに、真冬は苦笑いを浮かべた。

しかしグランは気にした様子もなく、アイナへと視線を向けた。


「アイナちゃんはどうするの? 紅たちと買い出しでも行ってくる?」


「うちは残る。贄神様の誘いやし。――おいしいモノとか食べれそうな気するし!!」


「下心見え見えですね」


目をキラキラさせながらよだれを垂らすアイナ。そのよだれをぬぐいってあげながら、七華が冷静にツッコム。


「では、私達は買い出しに行ってきます」


「あいよ、気ぃつけてなぁ~」


アイナは手を振って見送る。

再び扉が開き、三人が出ていくが、鷹人の断末魔が聞こえることなかった


それから鷹人と盛孝が帰ってくるまで、およそ三十分の時間を要した。

無論そこから真冬の説教タイムに入ったので、彼らが議会堂に向かったのは、それからさらに三十分後のことだった。



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