ハーレム主人公はモテるだけでは真似できない特殊能力だと思う
「もうヤってるのかな?」
「は?」
何気なくこぼれた僕の呟きに、後ろの席の佐藤が反応した。
ここは僕らが通う私立高校の教室。今は昼休みで、クラスの半数程度の生徒が教室内で食事をとっていた。僕と佐藤の席は窓際で、三階の窓からは中庭の様子がよく見えた。
「ほら。アレだよ、アレ」
僕は椅子を九〇度後ろに回転させ、佐藤に窓の外を指さした。
「アレって……高原ハーレム?」
佐藤が言った高原ハーレムとはこの高校では有名なグループの通称だ。高原昴という一人の少年と、彼をとりまく五人の美少女たちを指してそう呼ばれている。
ちなみに高原昴は僕らのクラスメイト。周囲を見れば、何人かの男子生徒が怨念の籠った目で高原ハーレムを睨みつけていた。
「そう。あの六人ってもうヤってるのかな、って」
「……昼間から何言ってんの、お前?」
佐藤が心底軽蔑した目で僕を見る。僕は慌てて訂正した。
「いやいや、違うんだよ! そういう意味じゃなくて、あの六人って先月から正式に付き合いだしただろう?」
「……五股ハーレム宣言ね」
佐藤のヘイトが僕から高原に逸れた。他のクラスメイト達と同様に佐藤もあの五股宣言には色々と思うところがあるようだ。
以前から美少女五人に迫られていた高原は、紆余曲折の末に五人全員と付き合うという選択をした。元々高原は顔が良く勉強もスポーツもそこそこできるモテ男。性格だって悪くない。だから五人の内誰か一人と付き合ったのであれば、今のように周囲から揶揄されることなく普通に祝福されていただろう。
だが五股宣言により高原はすっかり学校内で針の筵。今のところ付き合っている五人が目を光らせているため表立った嫌がらせこそないようだが、男子だけでなく女子からも軽蔑の視線を向けられている。僕個人としては本人たちが納得しているのなら周りがとやかく言うことではないと思うが、それはともかく。
「付き合ったってことはそろそろヤってんじゃないかな、って」
「おい。さっきの『違うんだよ』ってセリフは何だ。そういう意味以外の何ものでもないだろうが」
佐藤がゴミを見るような目で僕を見た。僕は弁解する。
「誤解だ! 僕が言ってるのは純粋な好奇心で──」
「うん。誤解はしてないからそろそろ黙ろうか。弁当がマズくなる」
そう言って佐藤は一旦箸を置き、水筒に口をつけた。くそ、中々説明が難しいな。
ちなみに佐藤の昼食は卵焼きやピーマンの肉詰めなど色どり豊かで栄養バランスの良さそうなお弁当。僕はコンビニで買ったあんパン、クリームパン、イチゴミルクの安価な血糖値爆上げセットだ。
そこで僕はふと思いついて言った。
「そうだ、お弁当だよ」
「黙れって言ったよな」
「じゃなくて、僕が言いたいのは下世話な意味じゃなくて、ああいう順番とかローテーションの話なんだ」
「……はぁ?」
佐藤は顔を顰め、しかし僕の指の先にいる高原ハーレムに改めて視線を向けた。
中庭では高原たちが車座になってお弁当を食べていた。より正確にはお弁当を準備してきた女性たちが、所謂「あ~ん」をして高原に食べさせようとしていた。そのやりとりを間近で見せつけられている中庭の生徒たちから、おどろおどろしい瘴気が漏れているのがここからでも分かった。
佐藤は暫しその光景を観察し、首を傾げた。
「いや、痛々しい光景だとしか思わないけど……あれが何?」
「大変そうだと思わない?」
「…………?」
佐藤は僕が何を言っているのか分からないようだ。僕は説明を補足した。
「高原くん。こうやって観察してると、誰のお弁当を最初に食べるかとか、五人に偏りが出ないようにとか結構気を遣ってるんだよね」
言われて改めて佐藤は高原ハーレムの食事風景を観察した。確かによく見てみると高原は五人の反応を窺いながら極力平等にお弁当を食べているように見えた。
「え? 何でお前そんなとこ観察してんの? キモッ」
「…………」
佐藤は僕に対して更にドン引きする。僕は佐藤の塩対応をイチゴミルクを飲んで中和しつつ説明を続けた。
「僕が言いたいのはさ。高原くんって可愛い子五人と付き合えて周りからは単純に羨ましがられてるけど、あんな風に五人と同時に付き合うって凄く大変なんじゃないかなって話」
そこまで言ってようやく佐藤は僕の言わんとするところを理解してくれたらしい。表情を改め窓の外の高原ハーレムに視線をやる。
「……ふむ。言われてみれば確かに、普通の男だったら目が回りそうな光景ではあるね」
「逆に普通の男ならそこまで気が回らないかもしれないけどね」
「それはあるかも。そういうところに気が付くからモテるのか──ああでも、そうなると小説や漫画の鈍感系主人公ってどうなるんだろう?」
「ああいうのは気配りが必要なところとそうじゃないところでメリハリをつけてるんじゃない? 高原くんもそんな繊細な神経してたら五股宣言なんてできやしないだろうし」
「確かに」
そういう風に見てみると、周りからは嫉妬や嫌悪の対象でしかないハーレムも中々興味深いものだ。
そこでふと佐藤が首を傾げる。
「……ん? ハーレム男の意外な気遣いは分かったけど、それが何をどうしたら最初の下世話な発言に繋がるわけ?」
「もうヤってるのかな?」
「それ」
佐藤の表情には、最初にあったような軽蔑や嫌悪の色はない。僕は改めてずっと高原ハーレムに関して抱いていた疑問を口にした。
「これもさっきと同じ話だよ。五人同時に付き合い始めて、キスでもアレでも何でもいいけど先に進むってことになったら、あの人たち順番とかどうするんだろうって気になってさ」
「ああ~」
佐藤は呻き声を漏らし、自分でも考えるように口元に手をやる。
「……確かにファンタジーの貴族ハーレムみたいに奥さんに序列があるわけじゃないなら順番は気を遣うかもね。バレないようにこっそり──いや、女の方がバラすか。じゃあ五人一緒に──も、目の前で見せつけられる方がキツイよね。そもそも初体験で使用済み使われるとか絶対無いわ」
「ね。二人とか三人以上同時に相手にとか身体がいくつあっても足りないし、途中で力尽きたりしたらもう目も当てられないでしょ」
「ハハハ、それ最悪だね」
僕はハーレムという普遍的なテーマそのものに話題を広げて言った。
「そういう意味で言うとさ、ハーレム主人公って単にモテるだけじゃ説明がつかないある種の特殊能力だと思うんだよね。だって普通の男はたった一人の彼女とか嫁さんの機嫌とるのに四苦八苦して──」
「言い方」
佐藤に注意されて言い直す。
「……たった一人の彼女とか嫁さんの気持ちも察せないで問題を起こしてるわけでしょ? そう考えると高原くんみたいなハーレム主人公って凄いって言うか大変そうって言うか……見ててちょっと尊敬しちゃうんだよね」
「ああ~」
僕の言葉に佐藤は女性陣に囲まれ詰め寄られて苦笑いを浮かべている高原くんを見て言った。
「尊敬はこれっぽちもしないけど、言いたいことは何となくわかるわ」
「ね」
敢えて口にはしなかったが、僕は自分が高原くんの立場だったらと想像するだけでゾッとする。確かに彼の周りの少女たちは魅力的だが、彼女たちはこちらが何をしても無条件に好意を返してくれる人形ではない。そうでなくとも自分が好意を持っている相手にはこちらだって自然と気を遣う。そんな相手が五人も。全員を最優先することはできず、必ずどこかで順番を付けなくてはならない。そんな関係を続けていくというのは、どう控え目に言っても地獄だとしか思えなかった。
高原くんたちはまだ付き合い始めて一か月。彼があのハーレムを維持できる本物の主人公なのかは分からないが、こうして遠くから観察している分にはとても面白くて興味深い。
──ガン!
僕がニマニマ笑いながら高原ハーレムを観察していると、突然佐藤が不機嫌そうな顔で僕の椅子を蹴った。
「……あんたもさ、すぐそこに五人も彼女に囲まれて四苦八苦してる男がいるんだから、もう少し自分の彼女に気を遣おうと思わないわけ?」
「────」
佐藤楓はそう言って微かに頬を赤らめ、不機嫌そうにそっぽを向く。
そんな可愛い自分の彼女の姿に、僕は少し前に彼女が行きたいと言っていた店を思い出し、口を開いた。




