駄菓子屋の魔女
十五年前のことだ。
僕は小さな町に住む、どこにでもいる平凡な子どもだった。この頃はまだ、一緒に遊ぶ友人がたくさんいた。くだらないことで笑って泣いて、時には取っ組み合いの喧嘩もしたが、大人になった今ではどれも良い思い出である。
進学に伴い疎遠になってしまった者も数人いた。そういえば、もう名前を思い出せない顔もある。まあ、そんなものだろうと思う一方で、やはりどこか寂しくもあった。
ただ、あの楽しかった日々は紛れもなく本物だったのだと、慌ただしく過ごす毎日の中で、ようやく思えるようになったのだ。
とりわけ、今でも忘れられない人がいる。おそらく、あの日々を共に過ごした仲間たちは、僕と同じように時々その人を思い出すに違いない。
小学校の帰り道。いつもの友人たちと、マンガの話や昨日見たテレビ番組の話やら、とりとめのない会話をしていると、いつもは通り過ぎるだけのコンビニ跡地に、一台の軽自動車が止まっているのが見えた。
「あれ? 車があるよ」
僕が指をさして言うと、情報通のユウジが得意げに答えた。
「あそこな、今度駄菓子屋ができるんだってよ!」
「だがしや……って何だあ?」
いつも眠そうで、体格だけは一番いいカツが、のんびりと聞いた。
「お菓子がな、いっぱいあるんだよ!」
一番小さく、喧嘩っ早いテラが、両手を懸命に広げてカツを見上げながら答える。
「食べ放題!?」
「バカ、そんなわけないだろ! 金は払うんだよ!」
いつものように、天然の漫才が始まった。
それから一週間ほど経った頃だ。
駄菓子屋は本当に開店した。店主は、ひとりのおばあさんだった。
目はぎょろりと大きく、鼻は高く、背も高い。しかも、とんでもなく無愛想。子どもの僕たちから見れば、十分すぎる迫力があった。
そのせいか、いつの間にかそのおばあさんは「魔女」と呼ばれるようになった。もちろん、本人には内緒だった。
店内は照明がやや暗く、飾り気もない。駄菓子や、名前も分からない謎のおもちゃが所狭しと並び、奥の方にはさらにいろいろな物が置かれているようだったが、薄暗くてよく見えない。
あまり奥に行きすぎると、魔女がすごい剣幕で怒鳴るのだ。
「こら! そっちのブツに触るんじゃないよ! あんたらの小遣いで買えるもんじゃないんだからね!」
こんな調子なので、近所トラブルも多く、年上の子や大人たちからは要注意人物扱いされていた。
開店当初に比べると客足は目に見えて減り、店は次第に閑散としていった。それでも僕たちと、一部の物好きは、あの怪しい雰囲気に妙に惹かれて、何度も足を運んでいた。
「おいバーサン、今日も来てやったぜ!」
ある日、例の“物好き”がやって来た。
リュウト――町一番の金持ちのひとり息子で、同年代より頭ひとつ大きく、力も強い。態度は横柄で、僕たちは逆らえなかった。
彼はお菓子やおもちゃを大人買いしては、誰にも分け与えず、ただ見せびらかして帰っていく。
魔女はリュウトの姿を見るなり、顔をほころばせ、腰を低くして出迎えた。
「おやまあ、お坊ちゃん。毎度ありがとうございます」
「相変わらず流行ってねえな」
「ウチが商売できているのも、お坊ちゃんのおかげでして」
その豹変ぶりに、僕たちはいつも嫌な気分になった。
案の定、テラがリュウトに食ってかかり、あっさり地面に転がされた。
「悔しかったら金持って来いよ!」
リュウトは笑いながら、袋いっぱいの商品を抱えて去っていった。
店の前に座り込む僕たちに、魔女は冷たく言った。
「いつまでも邪魔だよ。帰りな」
その言葉に、誰も何も言えなかった――はずだった。
「なんだよ! 悪いのはリュウトの方だろ!」
顔を真っ赤にしたカツが、初めて声を荒らげた。
「いつもあいつばっかりひいきして……ばあちゃんだって良くない!」
場が凍りついた。
魔女はしばらく無言で僕たちを見つめていたが、やがて小さく舌打ちをすると、背中を向けた。
「……ついて来な」
僕たちは戸惑いながらも、初めて駄菓子屋の奥へ足を踏み入れた。
そこは思ったよりも狭く、段ボール箱や古い棚が並んでいた。帳簿や、書き込みだらけのノート、名前の書かれた紙袋――その中に、見覚えのある名前もあった。
魔女は無言で棚を漁ると、小さな紙袋をいくつか僕たちに放り投げた。
「今日は売り物じゃない」
袋の中には、駄菓子がぎっしり詰まっていた。
「……いいの?」
僕が聞くと、魔女は顔も見ずに言った。
「黙って食いな。ガキは腹減らすもんだ」
それ以上、何の説明もなかった。
僕たちはその場で、夢中になってお菓子を食べた。甘くて、少ししょっぱくて、なぜだか胸がいっぱいになった。
数週間後、駄菓子屋は消えた。
潰れた、というより、最初から無かったかのように。
建物も、看板も、魔女も。
――そして、十五年が経った。
同窓会の帰り道、僕たちは光に包まれ、異世界へと召喚された。
勇者として選ばれたのはリュウトだった。彼はもう、嫌な奴ではなかった。ただ少し、責任を背負いすぎている大人だった。
旅の途中、露店の並ぶ街で、僕たちは見覚えのある背中を見つけた。
「冷やかしなら帰りな。命懸けの商品だよ」
そこにいたのは、あの魔女だった。
僕たちに気づくと、一瞬だけ目を細め、すぐにそっぽを向く。
「……商売だよ」
それだけ言って、取引を続けた。
その夜、焚き火のそばで、僕は思った。
あの駄菓子屋も、あのお菓子も、確かに本物だったのだと。
不器用で、無愛想で、でも帳尻は必ず合わせる。
魔女は、どこへ行っても魔女なのだ。
それでいい。
あの日々は、確かに存在したのだから。




