第9話 重なり始める人生
最初は、偶然だと思われていた。
同じような時期に、似たような決断をした人間が増えている。転職、離婚、失踪、突然の沈黙。どれも珍しくはない。ニュースに載るほどでもない。
だが、数が合わなくなった。
同じ週に、同じ理由で仕事を辞めた人が三人。
同じ言葉を日記に残していた人が二人。
同じ夜、同じ交差点で立ち尽くした人が四人。
それぞれは無関係だ。住んでいる場所も、職業も、年齢も違う。共通点は、見つからない――はずだった。
あるブログが、静かに注目を集め始めた。
更新は不定期。派手な文章でもない。ただ、淡々と「人生が止まった瞬間」を記録している。
> 今日は、選べなかった。
> 昨日も、選べなかった。
> たぶん、誰かが書くのをやめた。
コメント欄には、同じ体験をしたという声が増えていく。
> わかる。
> 俺も、急に続きが来なくなった。
> 私だけじゃなかったんだ。
気づいた人たちは、気づき始めた。
これは、個人の不調じゃない。
どこかで、同じ糸が切られている。
一方で、逆の現象も起きていた。
人生が、妙に滑らかになった人たち。
迷わず決められる。失敗しない。後悔しない。
彼らは、互いに知らないはずなのに、同じ言葉を使う。
「流れが来てる」
「今が正解だと思う」
「考えなくていいのが楽だ」
その言葉が、別々の口から、同じ温度で出てくる。
——重なっている。
人生が、どこかで重なり始めている。
ネットの片隅で、小さな仮説が囁かれた。
> 誰かが、まとめて書いているんじゃないか。
冗談のような書き込みだった。だが、消されなかった。笑われもしなかった。否定も、されなかった。
書かれている人と、書かれていない人。
止まる人と、滑る人。
その境界が、はっきりし始めていた。
街で、奇妙な光景が目撃される。
信号が変わっても動かない人が、同時に二人。
会議で、同じタイミングで沈黙する社員。
食堂で、同じメニューを選び、同じ表情で箸を止める客。
偶然にしては、揃いすぎている。
ある記者が、その現象を記事にしようとして、やめた。
理由は単純だ。言葉にすると、現実味が失われる。
——まるで、物語みたいだ。
その夜、彼は机に向かっていた。
もう、積極的に書いてはいない。だが、完全に手放したわけでもない。白い画面を前に、ただ、見ている。
メールが届く。知らない差出人。件名は同じ。
「私たち、同じ続きを待っています」
数分後、また一通。
さらに、その後も。
数えてみると、十七通あった。
彼は、初めて理解した。
——これは、一対一じゃない。
誰か一人の人生を動かしていたつもりで、
知らないうちに、複数の人生を束ねていた。
選択肢は、分配される。
正解は、共有される。
そして、止まるときは——一斉だ。
背筋が、冷えた。
もし、書くのをやめたら。
もし、迷ったまま止まったら。
何人が、同時に立ち尽くす?
彼は、キーボードに触れなかった。
だが、画面から目を逸らすこともできなかった。
世界はもう、個人の物語じゃない。
重なり始めた人生は、
ひとつの物語が止まるだけで、
まとめて崩れる場所まで来ていた。




