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第16話 書き手は神ではない

 彼の名前は、もう隠れていなかった。


 フルネームではない。だが、通称と顔、行動範囲。

 探そうと思えば、誰でも辿り着ける程度には。


 それでも、人々は慎重だった。

 怒鳴り込まない。押しかけない。

 代わりに、距離を置いて崇める。


 「先生」

 「書き手」

 「選択をくれる人」


 呼び方は様々だが、共通しているものがある。

 期待だ。


 彼が書けば、人生が進む。

 彼が黙れば、人生が止まる。


 そう信じられている。


 だが、その日、初めて明確な“失敗”が起きた。


 彼は、慎重に書いた。

 選択肢は一つだけ。

 誰にも深く影響しないように、当たり障りのない続き。


 ——今日は、現状維持を選ぶ。


 翌日、報告が上がった。


 現状維持を選んだ人間の一人が、

 その日のうちに職を失った。


 彼は、愕然とした。


 書いた通りに進まなかった。

 いや、進んだのかもしれない。

 だが、結果は想定と違う。


 「そんなはずはない」


 そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 神なら、結果まで支配できる。

 だが、自分は違う。


 別の日、別の報告。


 彼が書いた「選択肢」を実行し、

 逆に状況が悪化した人間が現れた。


 「聞いていた話と違う」

 「書かれていたのに、失敗した」


 責める声が、混じり始める。


 彼は、ようやく理解した。


 物語は、万能じゃない。

 現実は、物語を裏切る。


 だが、人々はそれを受け入れない。


 「神だと思っていたのに」

 「全部分かっているんじゃなかったのか」


 期待は、裏切られた瞬間に、

 怒りに変わる。


 彼は、集会で問い詰められた。


 「どうして、失敗したんですか」

 「あなたが書いたんでしょう」

 「責任を取ってください」


 彼は、正直に答えた。


 「分かりません」

 「僕は、未来を決めていない」


 ざわめきが起きる。


 「嘘だ」

 「逃げるな」

 「神のくせに」


 その言葉に、彼は静かに首を振った。


 「違います」


 声は震えていなかった。


 「僕は神じゃない。

 全部を見通せない。

 正解も、保証できない」


 沈黙。


 誰かが、呟いた。


 「じゃあ……何なんだよ」


 彼は、少し考えてから答えた。


 「……書いているだけです」


 それは、あまりにも弱い答えだった。


 人々が欲しかったのは、

 救済であり、保証であり、

 失敗しない未来だ。


 ただ書いているだけの人間は、

 そのどれにもなれない。


 その日を境に、空気が変わった。


 信仰は、疑念に変わる。

 尊敬は、監視に変わる。


 彼の言葉は、切り取られ、歪められた。


 ——神ではないと言った。

 ——責任を放棄した。

 ——逃げている。


 夜、彼は一人で机に向かった。


 画面は白い。

 神の席は、最初から空いていなかった。


 彼は、ようやく気づいた。


 書き手は、神ではない。

 だが、神として扱われることで、

 世界を壊してしまう。


 書くこと自体が、

 誤解を生む段階に来ていた。


 次に起きるのは、

 失望か、

 それとも——排除か。


 彼は、まだ知らない。


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