第14話 読者の人生が歪み始める
彼女は、ただの読者だった。
物語を書く側でもない。
書いてほしいと頼んだこともない。
集会に行ったことも、作者に会ったこともない。
ただ、読んでいただけだ。
最初は娯楽だった。
仕事終わりにスマホを開き、更新された短編を読む。
奇妙で、少し怖くて、それでも引き込まれる話。
――書かれた人生。
――選択肢を与えられる人々。
自分には関係ないと思っていた。
だが、ある日から違和感が生じた。
物語を読み終えた直後、
頭の中に、選択肢が浮かぶ。
今、駅前のカフェに入る。
今日はまっすぐ帰る。
どちらを選んでも、大きな違いはない。
そう思っていたはずなのに、
なぜか片方が「正解」に見える。
気味が悪くて、彼女は首を振った。
物語の影響だ。
深読みしすぎだ。
だが、その日から、同じことが続いた。
読む。
選択肢が浮かぶ。
“正しそうな方”が、はっきりわかる。
仕事でも同じだった。
会議で発言するか、黙るか。
上司に相談するか、後回しにするか。
迷いが消えている。
代わりに、妙な安心感があった。
――ああ、これが“書かれている”感覚なのか。
彼女は、ぞっとした。
自分は頼んでいない。
望んでいない。
ただ、読んでいただけだ。
それなのに、人生の輪郭が、少しずつ物語に寄っていく。
ある夜、更新が止まった。
いつもなら気にしない。
だが、その日は違った。
選択肢が、来ない。
朝、何を着るか決められない。
昼、どこで食べるか選べない。
仕事のメールを開いたまま、指が止まる。
胸がざわつく。
――続きを、待っている。
その言葉が、頭に浮かんだ瞬間、
彼女は息を呑んだ。
自分は、もう“読む側”じゃない。
物語に、期待している。
続きを与えられることを、前提にしている。
昼休み、同僚と話していて、気づいた。
同じような言葉を、同じタイミングで口にしている。
「最近、迷わなくなったよね」
「正解が分かる感じしない?」
彼女は、笑えなかった。
夜、スマホを握りしめたまま、画面を見る。
更新は、ない。
選択肢も、来ない。
そのとき、はっきり理解した。
読者でいることは、安全じゃない。
物語は、読むだけでも、人の人生に染み込む。
彼女は、アプリを削除しようとして、手を止めた。
削除したら、どうなる?
選択肢は、戻る?
それとも、完全に止まる?
わからない。
だが、もう一つだけ確かなことがある。
物語は、読まれることで、力を持つ。
書く人だけじゃない。
書かれる人だけでもない。
読む人の人生も、
静かに、歪み始めていた。




