第11話 書いてほしい人たち
最初に来たのは、丁寧なお願いだった。
> あなたの文章に救われました。
> もし可能なら、私のことも書いていただけませんか。
次は、もっと具体的だった。
> 人生が行き詰まっています。
> どう選べばいいのか、あなたなら分かるはずです。
それから、数が増えた。
メール。
DM。
匿名掲示板への書き込み。
どれも、同じ温度をしている。
——選んでほしい。
——決めてほしい。
——正解をください。
彼は、画面を閉じた。
これは、違う。
違うはずだ。
彼が書いてきたのは、物語だった。誰かの代わりに生きるための設計図じゃない。少なくとも、そう信じていた。
だが、現実は追いついてくる。
喫茶店で、声をかけられた。
「あなたですよね」
若い女だった。年齢は二十代前半だろう。目の下に薄い隈があり、手にはノートを抱えている。
「あなたの文章、全部読みました。私……止まりかけてて」
彼女は、躊躇なく言った。
「書いてほしいんです。私の続き」
言葉が、軽い。
それが、怖かった。
「無理です」
彼は、即座に答えた。
「書くと、他の誰かが壊れます」
彼女は首を振った。
「それでもいいです」
息が詰まる。
「私が助かりたいんです。他の人のことは、知らない」
正直だった。
そして、正しい。
自分の人生を救いたい。
それは、誰にでもある欲望だ。
「選べないんです」
彼女は、ノートを差し出した。
白紙だった。
「ここから、何も進まなくて。あなたが書けば、動くって聞きました」
噂は、もう隠れきっていない。
彼は、ノートを見つめた。
白いページは、あまりにも素直だった。
——書いてしまえば、楽だ。
彼女は動く。
感謝される。
自分は“役に立つ”。
だが、その裏で、誰かが止まる。
「……自分で書いてください」
彼は言った。
「これは、あなたの人生です」
彼女は、笑った。
「書けないから、来たんです」
その言葉が、刺さる。
書けないから、書いてもらう。
選べないから、選んでもらう。
それは、弱さじゃない。
ただの、自然な流れだ。
別れ際、彼女は言った。
「また来ます。だって、あなたしかいないから」
その日、彼は知った。
救われたい人は、待たない。
集まる。
夜、ネットを開くと、専用のスレッドが立っていた。
> 【続き待ち】書いてほしい人たちの集会所
そこには、無数の人生が並んでいる。
——誰か、選んで。
——正解を。
——今すぐ。
彼は、画面を閉じた。
これは、もう物語じゃない。
需要だ。
そして、自分は供給側に立たされている。
書けば、救われる人がいる。
書かなければ、恨まれる。
その夜、夢を見た。
白紙の前に、人が並んでいる。
一人ずつ、ノートを差し出す。
どのページも、白い。
目が覚めても、胸の圧は消えなかった。
彼は、はっきり理解した。
書くことで救われたい人は、
物語を求めているんじゃない。
責任を、渡したいだけだ。
そして、その責任は、
受け取った瞬間に、呪いになる。




