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第10話 一人を救い、二人が壊れる

 彼は、久しぶりに書いた。


 ほんの数行だ。物語と呼ぶには、あまりにも短い。

 誰かの人生を救うための、最低限の「続き」。


 ——選択肢は一つでいい。

 ——今は、これを選べ。


 それだけを書いて、保存した。


 翌朝、通知が鳴った。


 止まっていた人間が、動き出した。

 部屋から出た。

 会社に連絡した。

 誰かと会った。


 「助かりました」

 「続きをもらえた」

 「もう一度、進めます」


 感謝の言葉が、いくつも届く。


 胸の奥が、少しだけ軽くなった。

 ——やっぱり、書けば救える。


 だが、同じ時間帯に、別の報せが入った。


 動いていた人間が、止まった。


 正確には、止められた。


 選択肢が、消えた。

 迷いが消えた。

 代わりに、空白が来た。


 ひとつの「続き」が、

 複数の人生に配られている。


 救われた一人が、

 選んだ選択肢。


 それは、別の二人にとって、

 選べなかった未来だった。


 ネットの書き込みが荒れ始める。


 > あの人は助かったのに、

 > こっちは急に何もできなくなった

>

> 続きを奪われた気がする


 彼は、理解した。


 これはもう「書く」「書かない」の問題じゃない。

 配分の問題だ。


 一つの正解を与えれば、

 それ以外の正解は消える。


 一人を前に進めると、

 他の誰かの道が潰れる。


 昼、病院から連絡が来た。


 ——同期現象が起きていたグループの一人が、

 自傷行為に及んだ。


 命に別状はない。

 だが、言葉を失っているという。


 彼は、机の前に座り込んだ。


 これが、結果だ。


 善意で書いた。

 救うつもりだった。

 誰かの人生を、元に戻すために。


 だが、現実は違った。


 物語は、足りない。

 選択肢は、有限だ。


 夜、彼は書こうとして、手を止めた。


 もう、誰か一人のために書けない。

 誰かを救うたび、

 別の誰かを壊す。


 それでも、書かないと、

 全員が止まる。


 選択肢は三つしかない。


 ・一人を救い、二人を壊す

 ・誰も救わず、全員を止める

 ・選択肢そのものを書かない


 彼は、三つ目を見つめた。


 ——選択肢を書かない。


 だが、それは、

 物語の否定だ。


 画面の向こうで、

 複数の人生が、同時に待っている。


 続きを。


 続きを。


 続きを。


 その声が重なって、

 ひとつの圧力になる。


 彼は、初めてはっきりと理解した。


 物語は、救済装置じゃない。

 配給システムだ。


 そして今、

 その配給を止めるか、

 歪んだまま続けるか。


 どちらを選んでも、

 誰かが壊れる段階に入っていた。


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