夜、暇だからこそ
夜は嫌いじゃない。
ただ、空を見上げるときだけ、少しだけ意地の悪い気持ちになる。
星座って、だいぶ無理がある。
あんなに離れ離れの光を、勝手に線で結んで、しかもそれに名前をつけて、物語まで与える。
どういう想像力をしていたら、あれを「人」だとか「獣」だとか「道具」だとか思えるんだろう。
どう見ても点だ。
点があるだけだ。
ベランダの手すりに肘を乗せて、夜風に首元を冷やしながら、スマホの星図アプリを開く。
ここが肩で、ここが腕で、ここが剣。
指でなぞられる線はやけに自信満々で、まるで最初からそういう形だったかのように表示される。
でも、線を消した瞬間、そこに残るのは何の意味も持たない光の粒だけだ。
「全然そうは見えない」
声に出して言ってみると、夜はそれを否定もしない。
ただ静かに、星を瞬かせている。
昔の人は、暇だったのかな、とも思う。
夜が長くて、灯りが少なくて、今よりずっと暗かった世界で、空を見上げるしかなかったのかもしれない。
暗闇に耐えるために、意味を作った。
何もない場所に、線を引いた。
そうしないと、夜がただの空白になってしまうから。
でも、そう考えると少しだけ納得がいく。
星座が無理やりなのは、想像力が暴走していたからじゃなくて、必要だったからなんだ。
点のままでは、あまりにも心許なかった。
バラバラの光のままでは、自分たちの気持ちも散らばってしまいそうだった。
私は今でも、星を見上げると線を消してしまう。
勝手に結ばれた形を疑って、意味を疑って、物語を疑ってしまう。
それでも、点だけになった夜空を前にすると、少しだけ不安になる。
何も語らない光は、きれいだけど、冷たい。
あれは誰の形でもない。
誰の物語でもない。
ただ、そこにあるだけだ。
星座を信じられない自分と、星座がなかったら少し寂しいと思ってしまう自分が、夜の中で並んで立っている。
どちらも正しくて、どちらも中途半端だ。
きっと、あの線は嘘だ。
でも、嘘じゃないと夜を越えられなかった人が、確かにいた。
そう思うと、星座が全然そうは見えなくても、まあいいか、と思える。
空は今日も、何も答えない。
それでも人は、点と点のあいだに、どうしても何かを描いてしまう。
それが人間なんだろう、と、私は少しだけ諦めたように夜を見上げ続ける。




