第5話 不穏な兆し
重々しい音が、夜の静けさを裂いた。
それは風の音ではない。守り板が鳴った音──何者かの接近を告げる仕掛けが、確かに揺れた。
(まさか……)
胸の奥がざわめく。
俺はすぐさま外套を羽織り、戸を開けて外へ出た。
◇ ◇ ◇
闇に目を凝らすと、遥か遠く、いくつもの小さな炎が揺れていた。
それは風に揺れる篝火などではない。
一定の間隔で並ぶ火の列──軍勢の松明だった。
地を踏み鳴らす足音が、かすかに地面を伝ってくる。
数えきれないその影に、背筋が凍る。
(……来たのか。どうして、今)
ざわつく心を押し込め、俺は踵を返して家へ駆け戻った。
◇ ◇ ◇
「今すぐ逃げるぞ」
眠っていた子どもたちを揺り起こし、妻とともに荷をまとめる。
妻は黙ったまま、手際よく着物を着せ、食糧を包み込む。
俺は稽古刀を腰に差し、戸口に立った。
逃げる先は、村の裏手にある祠しかない。
子どもを守るには、そこが最も安全だった。
◇ ◇ ◇
外に出ると、村の広場はすでに混乱に包まれていた。
泣き叫ぶ声、怒鳴り声、祈る声──すべてが入り混じって渦を巻いている。
老いた者はその場に腰を下ろし、静かに手を合わせ祈っていた。
若者たちの中には、鍬や鎌を手に立ち上がる者もいた。
「ここで守る!」「逃げても無駄だ!」
叫ぶ声に、返す声はなかった。
幼い子を背負い、駆け出す者。家族を探して走り回る者。
誰もがそれぞれの選択を迫られ、戸惑い、もがいていた。
(守るべきものがあるからこそ、動ける)
俺は、妻と子の手をしっかりと握りしめた。
その温もりだけが、唯一の確かさだった。