第3話 祭りの出会い
秋の夜風が、赤く色づいた木の葉をさらっていく。
村を包む山の斜面には篝火が灯され、祭囃子の音がにぎやかに響いていた。
俺は、境内の片隅でひとり腰を下ろしていた。
熱気に溢れた人混みが、なぜか遠く感じた。
周囲の声も、笑いも、どこか自分とは関係のない世界のものに思えた。
(どうしてだろう……心が浮かない)
どこかにぽっかりと穴が空いたような感覚が、ずっと胸の内にあった。
◇ ◇ ◇
そのときだった。
灯籠の明かりに照らされた反対側の縁で、一人の女が立ち尽くしているのが見えた。
やわらかく波打つ黒髪、どこか遠くを見つめるまなざし。
背を向けていた旅人の一団に属しているらしく、村の者ではないようだった。
気づけば、俺は歩み寄っていた。
彼女のすぐそばに立つと、何かを探すように宙を見つめたまま、ぽつりと語り出した。
「……この村も、焼かれたことはありますか?」
問いかけというより、独り言に近い。
俺は小さく首を振った。
彼女は続けた。
「私は……小さい頃、村を焼かれて、逃げ延びたんです。
家も、家族も……何も残りませんでした」
(そんな過去が──)
言葉が出なかった。
篝火に照らされた彼女の頬を、ひと筋の涙が伝っていく。
その美しさに、胸が詰まる。
◇ ◇ ◇
俺は衝動に駆られた。
気づいたときには、彼女の肩にそっと手を添えていた。
言葉では何もできなかった。だから──
俺の唇が、彼女の唇に触れた。
彼女は目を見開いた。驚きの色が揺れる。
だが、拒むことはなかった。
長く瞬きをしたあと、静かに目を伏せると、肩に置いた俺の手をそっと握り返した。
◇ ◇ ◇
あのときの篝火の揺らぎと、あのぬくもり。
それは、俺の中にずっと残り続けている。
言葉では伝えられなかった感情を、ひとつだけ交わした夜。
(あの人となら、何かが変わるかもしれない)
そんな思いが、胸の奥に芽生えていた。