表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

第1話 幼少の日々

 幼い頃、俺は泥だらけのまま走り回っていた。

 日が暮れるまで、農村の子どもたちと笑い合いながら、田のぬかるみに足を取られては転げ、また立ち上がる。


 遊び道具など何もなかったが、それでも世界は広く、俺たちは何にでもなれた。

 小石は宝に、木の枝は刀に、川の流れは冒険の入り口だった。

 裸足の足裏から伝わる土のやわらかさも、生きている証のように思えていた。


 村には争いというものがなかった。

 作物も魚も、それぞれが持ち寄り、分け合って暮らす日々。

 足りないものは互いの手間と笑顔で補い合っていた。

 誰が偉いでもなく、誰が上でも下でもない。そこにあるのは、ただの“共に生きる”という空気だった。


   ◇   ◇   ◇


 父は寡黙な人だった。

 朝が来れば山へ入り、夕方には薪を背負って帰ってくる。

 無駄口を叩くこともなく、黙々と斧を振り下ろし、音を響かせながら薪を割る。

 その音が響くたび、幼い俺の胸の奥に何かが刻まれるようだった。


(あの背中が、家族を支えているんだ)


 小さな肩でそんなことを思っていた。

 言葉で語らなくても、背中で何かを伝えてくれる存在だった。


   ◇   ◇   ◇


 日が沈みだし、囲炉裏の火が灯るころになると、母の作る【けんちん汁】が湯気を立て始める。

 味噌と野菜の香りが、土間の隅々まで染み渡り、椀を手にした瞬間、指先にまで温もりが沁みた。

 人参の甘みと大根のほろ苦さが、じんわりと舌の奥に広がる。

 遊び疲れた体が、その一杯でやわらかくほどけていく気がした。


「ほら、こぼさないようにね」


 母が微笑む。俺は黙って頷きながら、汁を啜る。

 その横で、父は静かに酒を口にしている。

 やがて、すすり音が重なり、誰ともなく笑い声が囲炉裏端にこぼれた。


   ◇   ◇   ◇


 そのときが、何よりも尊かった。


(この村は、きっとずっと変わらない)


 子ども心に、そう信じていた。

 雨が降り続く日々など、この時の俺には想像すらできなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ