恋の始まり
朝の通勤ラッシュの電車の中。ホームは人混みが激しく、歩く場所もないほどだ。
人混みを掻き分けて、いつもの車両の定位置に並ぶ。周囲は女子高生の甲高い声、電車の走行音、駅のアナウンスが鳴り響いている。
そこへ、乗るべき電車が到着した。ブレーキによる鉄臭さが漂ってくる。
寒さに震えている俺は、早く車内に入りたいと主張するかのように、他の人と同じように、順番に中へと入り込んでいく。
中に入ると圧迫感を感じるが、段々と暖かくなってきた。
車内は寒い季節とはいえ、スーツ姿の男性たちは、暖房の効いた車両内で暑そうにしている。暑がりの人は汗をだらだらと垂らしていて、お近づきにはなりたくない。
そういう俺も段々と暑くなり、今にも汗を掻きそうなのだが、ブレザーを脱ごうにも、人の多さで狭くて脱げない。無理に脱ごうとすると、他の人に腕がぶつかったり、女性相手の場合は、痴漢扱いされてしまいそうだ。
途中の駅で、更に乗客が乗ってきた。電車の外の人が、寒さで早く入りたいのか、それとも時間がないのか、ぐいぐいと押し入ってくる。俺は自分も同じことをしたのに、他人がそんなことをすることに対して、辟易としていた。
新たな人の波に揉みくちゃにされていたら、俺の正面に同じ学校の制服を着た女の子が、俺の身体にその女の子の身体が、後ろの他の乗客から押し付けられているようだ。
押し合いへし合いが終わり、ドアがプシューっと音を立ててします。そして再びゆっくりと揺れながら、電車は走り出す。
吊革をぶら下げている金属の棒に腕を伸ばして掴まり、車内が落ち着いたところで、その子の顔を見ると、俺の体温は更に熱くなっていく。
ルッキズムと言われるかもしれないけれども、その子のくりくりとした目に整った輪郭、天使の輪が綺麗に映っている髪の毛。思わず視線が女の子にいってしまう。
電車の中で、お互いに押される身体。女の子の身体の柔らかさが伝わってくる。
心臓が高鳴る。鼓動が相手に伝わらないかと、余計に緊張してしまう。
電車内では、電車の走行音が響き渡っているだろう。だが、俺とその女の子の空間だけ、無音になったような感覚だ。
車窓からは、時折朝陽が入り込み、彼女の顔を輝かせる。
押される勢いに堪える腕をプルプルさせていると、汗が出てきた。
自分の汗はどうなのだろう? 汗臭くないだろうか? 普段、気にしていないことを気にしてしまう。反して、女の子からいい香りが漂う。シャンプーの香りだろうか?
女の子も自分が身体を押し付けてしまっていることが気になるのか、俺のことを上目遣いで見上げたり逸らしたり、そわそわしている感じだった。
学校のある駅で電車が止まると、一気に解放感と共に、俺は電車を降りようとする。だが、女の子は、揉みくちゃにされつつ、なかなか車両の外に出れない。
俺は戸惑いつつも手助けしたい一心で、咄嗟に女の子の上腕を掴み、引っ張り出してあげた。
女の子は一瞬、驚いた様子だが、俺が善意で行ったということが伝わったようで、微笑した。
その表情に、俺の身体に稲妻が走ったような衝撃を受けた。一目惚れの瞬間だった。
丁寧にお礼を言われたが、俺は急に恥ずかしくなり、お礼の言葉だけを受け取り、そそくさとその場を去った。