EP.27 逢魔が刻(逢魔の聖騎士編①)
妄想主題歌(右クリック→移動 または、コピペでお願いします)
https://youtu.be/OahpETEBXxc
――グライフが聖騎士団に入団する3年前。
ここはエリシウム大陸の北東の〈エスケルダ地方〉にある、人口130人未満の小さな村=ミンニ村。
山々に囲まれた谷間にある自給自足の村で、南北にある小高い崖の上の斜面には段々畑があり、様々な農作物が栽培されている。山の上から段々畑を通って複数の小川が流れているため、水も豊富だ。谷が途切れる東側は、防壁で囲まれている。
村の中心には、太く幅の広いオベリスクが2段重なったような、変わった形の教会があり、村のシンボルとなっている。
ミンニ村の多くの家屋には、数か月前に魔物に襲われた時の破壊の痕が残っていた。北東の防壁が破られ、魔物の侵入を許したのだ。北東の防壁は修繕作業が進められたが、材料不足で作業が進まず、中途半端な状態で止まっている。防壁は完全修復されていないが、破壊された結界石の石碑は優先的に修繕された。
ここよりさらに北東に『禁断の森』があり、その先には岩山の山脈が連なる地域と、無数の浮遊岩が浮かぶ荒野がある。いずれにせよあまりにも過酷なため、これ以上先に向かう事は困難だろう。伝承によると、その先では大地が途切れ、眼下に魔界の入口が見えると伝えられている。禁断の森には多くの魔物が棲息しているため、ここら一帯の地域は、人が好んで住むような場所ではない。
しかし、この村の開祖は〈何か〉から逃れるようにこの土地に辿り着いたと伝えられている。近くには複数の集落があり、同族をルーツに持つ。村と禁断の森との間には谷があり、そこに多重に展開された結界石が置かれ、広範囲をカバーしていた。
村の西側にある木造の小さな家。修復したはずの壁から隙間風が吹き込んでいる。
「体調はどう? グレース」
13歳の少年・グライフ・ヴァロアクレストは、ベッドで寝込む11歳の少女・グレース・アーケインを優しく労わった。
「ん~……、昨日よりはマシかな……」
「そっか……。最近、占いのし過ぎだったんじゃないか? それにしても、ポーションが中々効かないのはなんでだろ……? お婆にまた聞いて来る。薬草も貰ってくるよ」
グライフがそう言って出ようとしたところ、グレースがグライフの服を引っ張った。
「ん? どうした」
「まだここに居て欲しいな……グライフ」
「……そか。わかった……」
グライフはグレースの頼みを聞き、しばらくその場で看病をしながら見守る事にした。
グライフはグレースと共に、普段はグレースの叔父夫婦と共に生活している。
しばらくしてグレースが眠りについたのを確認し、少年グライフは大きな袋を肩から下げて家を出た。そして西の森にいる魔女の〈マイサお婆〉の元へ向かった。
グライフが村の農道を急ぎ歩いていると、19歳の小太りな青年・ブルタールとすれ違った。13歳のグライフと並ぶと、かなり体格が大きい。
グライフが無視して通り過ぎようとすると、ブルタールが持っていた農具で足を引っ掛けられ、転ばされた。ブルタールはニヤニヤと嗤っている。グライフは無言で立ち上がり、ポンポンと埃を払い、再び歩き出した。
「おい。無視すんじゃねぇよ」
「今、急いでんだよ……ほっといてくれ」
そう言ってグライフはブルタールを相手にせず、走り去った。
「……チッ。余所者が……」
確かにグライフはこの村の生まれではないが、4年前の9歳の頃から居住しているし、この村は、母親の生まれ故郷である。グライフの父親は行方不明で、母親は2年前に病死したため、縁のあったグレースの叔父夫婦が里親となってくれたのだ。
◇ ◇ ◇
山間部の段々畑で、グレースの叔父のトレバーと妻のファムは農作業をしていた。
空は曇り始め、日光が遮られる。トレバーとファムは元聖騎士で、危険の察知能力が高い。空気がピリつくのを感じ取っていた。
「……嫌な気配だな。ファム。日も落ちてきたし、そろそろ切り上げるぞ」
トレバーとファムが遠方の空を見ると、暗い雲が渦巻き、岩山の山脈の上空は紫がかっている。濃厚な雲で覆われ、稲光が走っている。ファムは嫌な予感がした。
「この感じ、魔物が出るかも……。トレバー、急いで帰ろう!」
「今日は『巨月のオヴム』の位置が高い。魔物の力が活性化するぞ……油断するな!」
トレバーとファムは作業を切り上げ、村に急いで戻る事にした。
黄昏時が近い。既に明るい星は瞬き始め、月が5つも浮かぶ夜が近付いていた。
黄白色の〈月〉と一回り大きい〈蒼碧色の月と緋色の月〉が半月で見えた。
加えて、南東と南西の空に、〈不思議な事にほぼ満月〉で〈巨大な2つの月〉が見えていた。圧倒的に巨大な『巨月のオヴム』と、並行する二重の輪っかが特徴の『ルナ・フォルテ』だ。特に『巨月のオヴム』は、〈50cm以上の球を腕を伸ばして持った場合〉のような巨大さで、気付けば色が変わるような不思議な月だ。
この2つは「自己発光している」と云われており、『巨月のオヴム』と『ルナ・フォルテ』は、昼間に半月でも、夜になると何故か満月になる。
加えて、6つ目に〈黒い月〉も存在していると云われているが、見た事がある人間の方が少ないほどで、存在自体を疑われている。
これだけ大きな月が複数浮かんでくれていると、意外と夜も視界が開けているものだ。
その上、聖騎士は基本的な技能として、遠視魔法『アクイラ・オクルス』と、暗視魔法『ナハト・ジヒト』を覚えさせられる。魔物の出現は夜が多く、夜間戦闘になりがちなためだ。当然、洞窟のような暗がりでも役に立つ。人により得意不得意はあるが、元聖騎士のトレバーとファムは、どちらもそこそこ使い熟せる。
◇ ◇ ◇
その頃、8歳の少女・エリザベータ・ヴィーディマが祖母に会うため、母親のダリア・ヴィーディマと共にこの地を訪れていた。母娘は、屈強な従者の戦士・ルドルフ・ヴァルウルヴと共に行動し、ミンニ村の小さなコテージに到着していた。
母親のダリアは、白い刺繍が入ったえんじ色のローブを身に纏い、フードを被っている。フードの下は長く美しい〈カラスの濡羽色〉の黒髪だ。左手に『紫水晶の魔杖』を持ち、右手で娘の手をしっかりと握っている。
エリザベータは、母とよく似た美しく長い黒髪にフード付きの白い刺繍が入ったえんじ色のローブを身に纏っている。しかしフードは被らず、外している。彼女の首には『守護天使の首飾り』がかけられている。
従者のルドルフは、身長2mを超える大男で、少し古いが非常にしっかりとした造りの鎧を身に着け、『十文字槍』を装備している。
コテージに入り、ダリアは一息ついた。
「はぁ……くたびれたわ。エリザベータも疲れたでしょ? ようやく休めるわね」
「ねぇ、ママぁ。お婆ちゃんちに直ぐに行かないの~?」
「そう言えば、前にお婆ちゃんに会った時は違う宿だったね。お婆ちゃんは村からちょっと離れた西の森に住んでるの。今日はもう遅いから、明日にしましょう?」
「えぇ~、早くお婆ちゃんに会いたいぃ~」
エリザベータは少しグズった。
▽ ▽ ▽
――『禁断の森』を探っていた密偵アルファの記録に基づく。
数刻前。曲がりくねった木々が生い茂り、日中もほぼ日の光が差さない不気味な禁断の森では、8人の異形の男達がゴブリンやオークを引き連れて歩いていた。
さらに数頭の魔狼と魔蜥蜴を連れ従えている。魔狼は、全身黒っぽい光沢のある筋肉質な肌で、棘々とした突起を持つ毛のない狼のようなモンスターだ。魔蜥蜴は、翼がない四つ足の黒いドラゴンのような見た目で、尖った突起状の鱗が並び、尻尾には数多くの棘が生えている。蜥蜴らしく二叉に分かれた黒い舌を「シュルルル」と出し入れしている。
ゴブリンは小鬼の一種で、兎のように長い耳が横に伸び、一般的にはくすんだモスグリーンの肌の色をしている者が多いが、異なった色の個体も存在し、何割か赤みを帯びた茶褐色の者も混じっている。
オークは豚や猪のような頭部を持つが、中型の鬼族で、豚の獣人ではない。肌の色は薄橙色から茶褐色等、比較的人間の肌の色に近いが、不潔なのでくすんだ色をしている。
異形の男達は、血色のない真っ白な肌で、額には幾つもの溝が有り、目元の彫りが深く、目の周りは黒ずみ、頬骨が張り出している。凶悪な髑髏に皮膚を張って鼻を付けたような顔つきをしている。全員、黄金色に輝く目で、爬虫類のような縦長の瞳孔に、斜め上に尖った耳である。それぞれが〈ゴツゴツとした骨が組み合わさったような鎧〉と〈民族衣装〉が合わさった〈黒を基調とした装束〉を身に纏っている。
各々が鎖のない手枷のような黒いリストバンドやアンクルバンド、または黒い首輪を身に付けている。いずれも『漆黒の魔縲』と呼ばれる〈魔力を抑制する装具〉だ。
「あぁ~、かぁったりぃなぁ~……なぁんで俺達『魔界人』が、こんな辺境でよぉ~、あ~んなちっぽけな人間の村を襲撃しなきゃなんねぇんだぁ? しかもこぉんなクソみてぇなアクセサリーで力も抑制させられてよぉ~」
特に筋肉質で大柄な男・ガゼンベルが『漆黒の魔縲』を指差しながら愚痴をこぼした。
ガゼンベルの顔の模様は、髑髏のメイクを境界が曖昧になるように馴染ませたように見える。髪は中程度の長さで、赤紫色だ。背中には悪鬼の顔が装飾された巨大な戦斧=『悪鬼の戦斧』を背負い、自身も悪鬼のような装いである。
「この辺境の地は『呪いの結界』が弱い〈忘れられた地〉だ。外界から侵入し易い。魔界の瘴気で練り上げられ、余剰魔力を抑制する『漆黒の魔縲』を身に付ける事で、唯一、我々が〈呪いの結界内〉に侵入できる領域……。〈カラミティ〉様は、ここを起点に領域を広げるおつもりだ」
低めの落ち着いた声で、スラッとしたスマートな男・イルヤルンが言った。
長髪で青紫色の髪のイルヤルンは、装甲は少なめで着物に近いローブを身に纏っている。顔の模様は額から頬にかけて真っ直ぐに薄く入っていて、目が細く、涼しげな顔をしている。そして、長さ2m近い巨大な大鎌=『死神の鎌』を手にしている。
「あ~? そういう事じゃなくてよぉ~……」
ガゼンベルは不満そうな表情を見せる。
前を歩く小柄で腹が出た男・ビュノーゾが突然振り向いて、急にキレ出した。
「おい、コラ‼ ガゼンベル! この野郎‼ オメェよぉ! 夕べ、酒飲み過ぎなんだよ! 話の流れ全部忘れてんじゃねぇかよォッ! この、ボンクラッ‼ あの村の連中はなぁ、かつて魔界から逃れた裏切者の子孫達だ! 全員、ブッ殺してイイんだよッ‼」
ビュノーゾの顔の模様は、曲がりくねって吊り上がった隈取のような形で、まるで常に怒っているような怒りん坊顔だ。髪は明るいターコイズカラーで、パイナップルの葉のようにツンツンとしている。武器は二叉になった『冥界の槍』を持つ。
「わ、わりぃ。ビュノーゾ兄貴。で、でも全員はダメだろ……? グ、グレースとか云う、占い師の少女……だったよな? そいつを攫うんだろ? ザル……何とかの依頼で」
「なんだテメェ! わかってんじゃねーかよッ‼ 依頼主はグラハム王国諸侯のザルノクだ! この計画は、あいつの地下組織『ヴァルドル』による手引きだ! 覚えとけ‼」
「お、おぅ。お、覚えたぜ……。ヴァルヴァル……? ……た、確か、あの村の連中は、魔界の血が混じってるとはいえ、今は混血してほぼ人間……だろ?」
「なんだテメェ。よ~くわかってんじゃねぇか。……ま、何千年も前の話だからなぁ~。裏切者どもの血が混じってるのも全員じゃねぇだろうけどよぉ~。そんなの関係ねぇ‼」
ビュノーゾが落ち着いてきて、ガゼンベルはホッとした。
「ところで、エルーザク様が来るまで、待ちますか?」
イルヤルンが落ち着いた声で聞いた。
「待ってらんねーよ! エルーザクさんは、でっけぇ魔物を引き連れて来るらしいじゃねぇか。今後のための試験運用だとよ! 吾輩達の出番が無くなっちまう‼ 到着次第、襲撃だぁッ‼」
ビュノーゾが叫び、周囲の魔界人達は「オォーッ‼」と雄叫びを上げた。
◇ ◇ ◇
グライフとグレースの家=トレバーの家の外で、ブルタールがコソコソと動き回っていた。庭木をかき分け、家の外壁に近付く。
外壁は、以前の魔物の襲来で破壊された後、ある程度は修繕されていたが、修繕が甘い箇所があり、外側から小石を差し込まれている。ブルタールはその小石を抜き取り、空いた穴から中を覗き見た。グレースが眠るベッドが見えた。
「……グレースぅ~……グレースぅ~……ハァハァ……」
ブルタールの息遣いは荒い。その時、物音がして、ブルタールは焦って地面に伏せた。
トレバーとファムが、グレースがいる自宅に、急いで戻って来たのだ。
「おぃ、グレース! グライフ! ……グライフはどこだ……⁉」
グレースは静かに眠っている。しばらく目覚めそうにない。
「おい、ファム。地下室に隠れる準備をしろ」
ファムは「了解」と言って頷き、床のカーペットを剥がし、床にある隠し扉を開いた。扉は二重で、さらにその下に魔霊石が埋め込まれた魔鉄鋼の扉があり、それを開く。
グレースは寝込みながらも、少し大きめの首飾りを身に付けたままだ。トレバーがグレースを抱きかかえ、隠し扉の下にある階段を下りて行く。
家の外で息をひそめていたブルタールは、その間にコソコソと逃げおおせた。
◇ ◇ ◇
同時刻、コテージの庭でエリザベータがルドルフと遊んでいるのを、ダリアは微笑みながら眺めていたが、突然、頭に電撃が迸ったかのように脅威を感知し、ハッとした。
「ルドルフ! エリザベータを護ってて‼」
ダリアは突然、村の北東に向かって走り出した。
「……え? マ、ママぁ~⁉ どこ行くの~⁉」
ルドルフはエリザベータを抱きかかえてコテージの中に入った。
▽ ▽ ▽
――逢魔が刻が近付いていた。
魔界人達が魔物を引き連れて禁断の森から出て来た。魔界人は日光に当たれば死ぬ……ような存在ではないが、地底世界で進化してきた人類のため、強い日の光は好まない。
伝承上の吸血鬼のように、日光を浴びて肉体が崩れるような事はないが、長時間、真昼の日光を浴びると多少皮膚が〈ただれ易い〉程度だ。
魔界人達が村の防壁から数百mの距離まで近付くと、「バチバチッ」と弾かれるような感覚を覚えた。イルヤルンが掌を前に出し、ゆっくりと前に出る。
「この辺りから『呪いの結界』が強まっている……」
イルヤルンは掌を村の防壁に向け、試しに魔力弾を放った。しかし、村の防壁に近付くほど急激にしぼみ、防壁の手前で「バチッ」と消えた。
「やはり、『呪いの結界』には高レベルの外敵の攻撃を減衰させて弱め、弾く効力が付与されているようだな……。ガゼンベル。貴様の出番だ……」
ガゼンベルが『悪鬼の戦斧』を背負い、腕を振り回しながら前に出た。
◇ ◇ ◇
ミンニ村では、カンカンカンカンと、鐘の音が鳴り響き始めた。
トレバーの家の地下室は、木造の家の床下直下ではない。地下2階分の深さまで石造りの螺旋階段を下りた先にある。
元々あった石造りの頑丈な待避壕の上に木造の家を建てたのだ。
地下室の入口には魔霊石ライトが設置され、トレバーが魔力を籠めると、ライトが点灯した。地下室には、4人で最大1か月程度は耐えられるほどの備蓄があり、保存食を詰めた大小様々な魔道具の壺や水瓶、簡易的なベッドやソファー、絨毯が敷いてある。月に一度はメンテナンスしているので、ある程度は片付き、綺麗な状態だ。
トレバーがグレースを簡易ベッドに寝かせると、上から村民の悲鳴が聴こえた。
「ファム、戦う準備を整えるぞ!」
トレバーは、蒼天色の金属の兜と胸当て、肩当て、腰当て、籠手、臑当てを素早く装着し、聖なる大剣を背中に下げた。ファムはそれよりも軽装で、胸当てや肩当て、装甲数が少ない腰当てを魔力で強化された魔法の衣の上に装着し、腰にレイピアを下げた。
【いいね】【ブックマーク追加】【お気に入り登録】をお願いします☆
次回:2025年05月04日 22時20分
EP.28 侵攻(逢魔の聖騎士編②)




