腹をくくる時
「ねぇ、シュルクがこんなこと訊かれるのが嫌いってことは知ってるんだけど、一つだけ聞かせて。」
立ち止まったシュルクの後ろ姿に向けて、フィオリアは震える声で訊ねかけた。
「どうして、私を助けてくれたの?」
「………」
シュルクは答えない。
フィオリアは大きく顔を歪めた。
「お願い、答えて。もう……無理だよ!」
その言葉を皮切りに、フィオリアの口調が一気に乱れる。
「シュルクにとって、私って何? ただ一緒に旅をしてるだけの人? だったらなんで、私のことを気遣ってくれるの? 怒ってくれるの? 諭してくれるの? なんで恵み子の力を使ってまで、私を助けてくれたの? ……こんなの、つらいよ。私……どんどんシュルクのことを好きになっちゃう…っ」
胸をぎゅっと押さえ、フィオリアは積もり積もった胸の内を吐露する。
「私、ちゃんと一人で歩けるようになりたいって思ってるよ。でもね……だめなの。いっつも、あなたのことを追いかけちゃうの。嫌われてるって分かっててもね、シュルクの隣にいたり、少しでも話せたりすると、どうしても幸せだって思っちゃうの。私、このままじゃ……旅が終わっても、あなたから離れられない。いつまでも、あなたにすがりついちゃうよ…っ」
背中越しに聞く声が痛い。
シュルクは奥歯を噛む。
……ああ、本当に馬鹿だ。
そんな心の声は、他でもない自分に向けられたもの。
自分の中途半端な態度は、こんなにもフィオリアを苦しめていたのか。
今さらながらに、その事実が身に沁みてくる。
ひどい遠回りだ。
さっさと受け入れてしまえば、こんな風に彼女が泣くこともなかっただろうに。
フィオリアをここまで追い詰めたのは、彼女に惚れられていると分かっていて、その想いに答えを返さないまま彼女を放っておいた自分だ。
シュルクは両目を閉じる。
―――もう、腹をくくろう。
「いつ、誰が嫌いだって言ったんだよ。」
深く息を吐き、フィオリアの方を振り返る。
「え…?」
ポカンと口を開けるフィオリアは、ここ最近で一番間抜けな顔をしていた。
「俺は、お前に嫌いだって言った記憶はないけど?」
「そ、それは私も聞いたことないけど…っ」
「なんじゃそりゃ。じゃあ、勝手に決めつけんなよ。……まあ、お前が早とちりばっかするタイプだってのは知ってるから、意外でもなんでもないんだけどよ。」
「あう…っ」
ばっさりと言ってやると、フィオリアは痛いところでも突かれたかのように弱った顔をする。
「いいか。よく聞いとけ。」
そんなフィオリアに、シュルクは高らかに告げた。
「俺はな、他人のために行動できるほど器用な奴じゃないんだよ。旅に出たのも自分のため。こうやって運命石を集めてるのも自分のため。そんで―――お前を助けたのも、自分のためだ。」
「自分…の……? ど、どういうこと?」
おそるおそる訊ねてきたフィオリアに、すぐには答えを返してやれなかった。
改めて言葉にするとなると、途端に口が動かなくなる。
だが、言わなければ先には進めない。
それも分かっている。
だから……
「あそこで、お前を失くしたくなかった。」
想いを、音に乗せる。
その瞬間、自分の中にわだかまっていた不快感が、跡形もなく消えていったような気がした。
結局、自分を縛るのは自分の気持ちだけなのだ。
改めて、自分の価値観が誤っていないことを知る。
「シュルク……いいの?」
フィオリアが、今までとは違った意味で涙を浮かべる。
「私、自分の気持ちを止められないよ? そんなことを言われたら、期待しちゃうよ…?」
「いいんじゃないか?」
必死に己の衝動をこらえているフィオリアに向けて、そう言ってやる。
「好きなだけ頼ればいいさ。離れようとしなくてもいい。俺が助けたくてお前を助けたんだ。その覚悟はできてる。」
シュルクは真正面からフィオリアを見つめた。
そう。
覚悟なら、悲しい決意をした彼女の笑顔を見た瞬間に決めた。
そして自分で決めたからには、この選択を絶対に後悔しない。
後悔しないように、やれるだけのことを精一杯やろう。
「だからさ……」
シュルクはフィオリアに向けて、手を差し伸べる。
そして。
「―――来いよ。」
その表情に、柔らかな微笑みを浮かべた。
「―――っ」
ぽろぽろと涙を流すフィオリアが、弾かれたようにその場から駆け出す。
勢いよく飛び込んできたフィオリアの体を強く抱き締め、シュルクは笑みを深めた。
こんな温もりの一つで馬鹿みたいに安心するのだから、自分もフィオリアと同じだ。
―――きっともう、彼女から離れられない。
「ばーか。泣くなよ。上に戻った時に、あいつになんて言われるか分からねぇぞ。」
「うん……うん…っ」
フィオリアは何度も頷き、零れてくる涙を拭う。
そんなフィオリアの髪を優しく梳いてやり、シュルクはふとした拍子に、その首元に手をやった。
(ほんと、なんだかな……)
フィオリアの首元から取り出したそれを見つめ、複雑そうな瞳で苦笑するシュルク。
フィオリアの首にかかっていた細い銀のチェーンの先には、綺麗な球形をした桃色の石がある。
石は彼女の髪と合わせた白銀と小さな宝石で装飾されており、さながらそれは、桃色の石を中心として花が開いたようなデザインだ。
これがフィオリアの運命石。
以前、何かの拍子に一度だけ見たことがあった。
初めてこれを見た時は、なんの皮肉だと思って思い切り目を背けたのを覚えている。
今もその複雑さは変わっていないが、フィオリアのことを受け入れると決めた分、まだ気持ちは穏やかだった。
(蝶は花に止まるもの……ってか。)
ガラにもなく詩的なことを思ってしまう自分が、なんだか恥ずかしいやら情けないやら。
「シュルク…?」
「なんでもねぇよ。早く泣き止め。」
なんとなく今の顔は見られたくなくて、まだ鼻をすすっているフィオリアの顔を自分の肩口にうずめ、子供をあやすように頭を叩く。
胸からあふれ返ってくる強い想い。
今はまだ恥ずかしくて、この気持ちを口にすることはできないけど。
代わりに、この運命石に誓おう。
両親にそう託されたからではなく、他でもない自分の意志で。
―――この先ずっと、彼女のことを守り続けると。




