〝こいつが好きだ〟
「―――……」
その笑顔を見た瞬間、自分の体が情けなく震え出すのが分かった。
(ああ、俺のせいだ……)
シュルクは唇を戦慄かせる。
全部、自分の弱さが招いた結果だ。
呪いに囚われてでも自由に飛んでいたいと、口だけでは立派に聞こえることを言っておきながら、結局はその呪いを受け止めることが怖くて。
そのせいで、フィオリアからも自分の心からも目を逸らして逃げ続けて。
そんな中途半端でいたから、リリアの言葉にあそこまで心を乱されて。
そして―――フィオリアに、あんな顔をさせてしまった。
彼女にあんな顔なんてさせるつもりじゃなかった。
あんな顔なんて、させたくなかった。
そう思うのはどうして?
こんな状況に陥ってまで、まだ腹をくくれないのか?
答えなんて―――もうずっと前から出ていたくせに。
今まで見ないようにしていた感情が、途端にあふれ出してくる。
あふれ出して、そして―――
自分の中に張り詰めていた糸が、プツリと切れた。
「―――立てよ。」
低く呟く。
最初はそれが、自分の口から出たものだとは気付かなかった。
「なんなんだよ……」
あっという間に、感情が臨界点を突破する。
「なんなんだよ、お前の覚悟って!!」
ヨルを脇に突き飛ばし、シュルクはフィオリアに向かって渾身の叫びを叩きつけた。
「お前は何がしたいんだよ! 母さんのことを助けたかったんじゃねぇのか!?」
そう言うと、フィオリアは痛いところを突かれたと言わんばかりの表情で唇を噛んだ。
しかし―――
「そ、それはそうだけど…。でも、私がいたら、お母様もあなたもずっと苦しむでしょ?」
彼女の全身から滲み出る諦観は消えない。
―――違う。
暴れる衝動が、今のフィオリアを全力で否定する。
違う。
本当のお前が望んでいることは、そんなことじゃないだろ。
納得できないフィオリアへの違和感がぐんぐんと育って、得も言われぬ不快感となって全身をなぶる。
「だから今死んでやるって? ふざけんな! それで今の母さんが救えれば、生まれ変わった次のセイラはどうでもいいってか?」
「ちがっ……そんなつもりじゃ……」
フィオリアが眉を下げる。
「そんなつもりじゃない? 甘ったれんな。」
弱気になるフィオリアに対し、シュルクは変わらずに厳しい言葉を投げつける。
「今ここで死んだって、来世でまた堂々巡りするだけだろうが。次からは、セイラに会う前に死ぬことにするか? それで悲しむ次のお前の家族のことを、全然考えてねぇんだな。」
「………っ」
「それとも、お前が死んだ後も俺が呪いを解くために頑張ってくれるって、そう期待してるわけ?」
「―――っ!! 違う! そんなことを背負わせようなんて思ってない!!」
ここで初めて、フィオリアの様子に変化が現れた。
「へぇ、口だけではなんとでも言えるよな。」
シュルクはフィオリアを煽るように、侮蔑を含んだ口調で言ってやる。
すると、フィオリアがムッとして眉間にしわを寄せた。
「こんな時まで、そんなに怒らなくてもいいじゃない!」
ようやくフィオリアから返ってきた、強い口調。
そうだ。
これでいい。
シュルクはなおも、言葉を重ねた。
「こんな時だから怒ってんだよ! ほんっとにお前は、俺をイライラさせんのが得意だよな!!」
「だったら、これで清々するんじゃないの!?」
「じゃあ訊くけどな! 今のお前は、自分がこれでいいって思えるお前なんだな!?」
フィオリアの態度の変化に比例して、シュルクもどんどん声に込める熱を上げていく。
「お前の覚悟ってのは、そんな風に死ぬことで投げ捨てられるもんなんだな? 結局、その程度の気持ちだったってことか?」
「そっ……そんなわけないでしょ!!」
今の言葉は、頭にきたのだろう。
フィオリアの瞳に、明らかな不快感と怒りが揺れた。
「そんなんだったら、シュルクに嫌われてるって知ってて、旅についていったりしないもん!! 本当に、お母様を呪いから解放したいって思ったの! セイラお嬢様からの復讐を受け入れることだけが償いじゃないんだって気付いたから、ちゃんとした意味で償おうって決めたの! もう終わりにしたいって、そう思ったんだもん!!」
「じゃあ、今そこでへたれてるお前は何なんだよ!! 終わりにしたいんだったら、お前がちゃんと、お前の目で終わりを見届けなきゃ意味ねぇだろ!?」
「―――っ!!」
息を飲んで目を見開くフィオリア。
「目ぇ覚ませよ、この馬鹿!!」
シュルクは全力で叫んだ。
「この程度で諦めてんじゃねえ! 死に物狂いで足掻け! ―――飛べよ!!」
「―――っ!!」
一層顔を歪めたフィオリアが、最後の力を振り絞って飛び上がる。
それを見たシュルクも、柵からその向こうへと飛び出した。
こちらに手を伸ばしたフィオリアに向かって、シュルクは自らも手を伸ばす。
もういい。
これでいいんだ。
自分の中で、ようやく腹が据わる。
もう、呪いなんてどうでもいい。
この衝動が、運命石によってもたらされたものだとしても構わない。
触れ合った指を絡め合い、ずっと遠ざけようとしていた細い体を、自分からしっかりと抱き締める。
腕の中の温もりを確かめ、自分が本当はずっとこうしてしまいたかったんだと悟る。
『フィオリアちゃんのことが好きにしろ嫌いにしろ、自分の気持ちなんて、そう簡単に変えられないだろ?』
まったくもって、ルーウェルの言うとおりだ。
これ以上、自分の気持ちには嘘をつけない。
―――――俺は、こいつが好きだ。
認めた瞬間、泣きたくなるほどに安堵した。
「しっかり捕まってろ。」
フィオリアの体を抱く腕に力を込め、シュルクは羽を大きくはためかせると、ある場所を目指して飛んだ。
「………」
赤い林の隙間へと消えていくシュルクたちの姿を、ヨルは静かな瞳で見送っていた。
その漆黒の双眸が、ふとした拍子に瞼で隠される―――……




