広がる絶望
「危ない!」
横に傾いだ体は、床に落ちる前に誰かに支えられる。
「お前……いつの間に……」
かすれた声で呟くシュルクに、倒れかけたシュルクの体を支えたフィオリアは、焦った表情で口を開いた。
「ちゃんとノックしたよ。もう、熱が上がっちゃってるじゃない。なんで無理に起きたりしたの?」
「別に……」
「別にじゃないってば。ほら、寝て!」
「いいよ、手なんか貸さないで……」
「こんな時まで強がらないの。」
いつもなら容易に逆らえるはずのフィオリアの力にも今は勝てず、結局彼女の力を借りてベッドに横たわることになる。
「いいって…。情けなくなる……」
「もう。シュルクのそういうところ、よくないと思う。」
正直な気持ちを言うと、フィオリアは腰に手を当てて頬を膨らませた。
「シュルクは頼らなすぎだよ。私が頼りないのは知ってるけど、具合が悪い時くらいちゃんと言ってほしい。いつも倒れられたら迷惑って言ってるの、シュルクじゃない。」
「………」
旅に出る前にザキにも似たようなことを言われたのを思い出し、何も言い返せないシュルクは黙るしかなくなる。
すると―――
「……ごめんね。」
フィオリアはしゅん、と眉を下げた。
「シュルクに無理をさせたの、私だよね。」
そう告げられ、すぐさま胸の中に不快感が湧き上がる。
「そう言われるのは、好きじゃない。」
呟いてそっぽを向くシュルクに、フィオリアは困ったように微笑んだ。
「分かってるよ。でもね、シュルクがそう思うことと現実は違うと思うの。」
それは、これまでのフィオリアには見られなかった、はっきりとした意見の姿勢だった。
「私もシュルクの優しさに甘えるだけじゃいけないし、自分のことくらい、ちゃんと自分でできるようにならなきゃいけないと思う。だから、シュルクに無理をさせたのは私だって認識するのは、私にとって大事なことなんだよ。私は、自分を責めるためにこう言ったんじゃないの。自分を強くしたいからこう言うの。だから、今回のことを私のせいだって思うのは許してね。」
これも、今までのフィオリアとはまた少し違った言葉だ。
「……好きにしろよ。」
そう言うので、精一杯だった。
「ありがとう。それと、もう一個だけ謝らせて。この前のことなんだけど……」
「………」
「いきなり、八つ当たりみたいなことしてごめんなさい。シュルクにとっては迷惑だったかもしれないけど……私はあの時すっごく嬉しかったし、ほっとしたの。」
あの時のことを思い出して気恥ずかしくなったのか、フィオリアは少しはにかむ。
「今までの私を否定しなくていいって言ってもらえて、すごく嬉しかったの。私はもう、ルルーシェとしての生き方からは抜け出してるって言ってもらえて、とても安心した。」
「………」
律儀にコメントを返してやる気力はないので、黙して聞きに徹する。
フィオリアもそれを分かっているのか、何も言わない自分に対して不愉快そうな反応は示さなかった。
「それで分かったの。私って、城にいた時はお母様に流されて生きてきて、今はシュルクに依存しようとしてたんだなって。これじゃあ、いつまで経っても支えてもらうだけで、逆に支えてあげることなんてできないよね。私頑張るから、シュルクもつらい時くらい、つらいって言ってね。」
「……別に、俺はそんなの求めてない。」
「いいもん。私がそうなりたいだけだもん。」
「そうかよ。なら、好きに頑張ればいいじゃん。」
「うん。ありがとう。」
こちらはひねくれた物言いしかできないのに、フィオリアは無邪気に笑う。
本当に素直な奴だ。
フィオリアをこんな風に変えるきっかけを作ったのは自分なのかもしれないが、ここまで素直に受け入れられると、自分の狭量さばかりが浮き立つような気がする。
「もう……疲れた。」
「あ、ごめんね。話が長くなっちゃった。」
フィオリアと話をしていたくなくて告げた言葉なのに、当の彼女は申し訳なさそうな声音でそう言った。
「ゆっくり休んでね。早く治さないと、ここに来た意味がなくなっちゃうかもしれないから。」
「え……それって――――わっ!?」
フィオリアの言葉に含まれた意味を察して振り向くと、その瞬間、額に冷たいものが乗ってきた。
「……ふふ。なんか、シュルクの気の引き方が分かってきたかも。」
シュルクの額に冷やしたタオルを乗せ、フィオリアは笑みを深めた。
「大丈夫、嘘じゃないよ。天気に大きな崩れがなければ、三日後くらいには規制が緩和されそうだって。」
「そっか……」
「うん。だから、早く元気になってね。私だけが行くって言っても、きっとだめって言って許してくれないでしょ?」
「当たり前だ。お前、行ったまま戻ってこなくなりそうだし。第一、俺が行かなきゃ意味ないじゃねぇか。」
「そうだよね。やっぱり、シュルクはシュルクだね。よかった。」
嬉しそうに笑うフィオリアには、こちらを疑う素振りなど全くなかった。
昼間にあれだけおかしな態度を見せたというのに、少しも不信感を持っていないのだろうか。
こちらに気を遣って、何も言わないだけなのか。
それとも、あれくらいのことでは疑いを持たないくらい、こちらのことを信用しきっているのか。
「じゃあ、また後で見に来るね。ちゃんと寝てなきゃだめだよ?」
そう言って部屋を出ていくフィオリアを、シュルクは目だけで見送る。
耳を澄ませば、部屋を出ていったフィオリアが下へと降りていくのが分かった。
そうやって、人の気配が近くにないと認識した頃。
「―――はあ……」
シュルクは大きく息を吐いて、片腕で目を覆った。
「本当にあいつは、人の気も知らずに……」
気分がどんどん滅入っていく。
フィオリアと接すれば接するほど、今の自分に苛立って仕方ない。
早く、こんな泥沼状態から抜け出したい。
そのためには、ルーウェルに言われたとおり、さっさと腹をくくるしかないのだろう。
それがどんな判断だろうと、自分が本当に望むことなら……
(俺は、何がしたかったんだっけ…?)
今までしっかりとしていたはずの地面が、急に不安定になって揺れている気分がする。
故郷での暮らしに、大きな不満は持っていなかった。
でも、どうしてもあそこを出てみたくて。
なんのしがらみも関係なく、自分の気の向くままに飛び回ってみたくて。
何にも縛られず……
自由に……
そう。
それだけが望みだったはずだ。
それに―――あいつは邪魔?
思い至った瞬間、胸の中に絶望が広がっていくようだった。
もしそれが、自分も知らなかった自分の本音なら……
「………っ」
シュルクは唇を噛む。
もしそうなら……
俺は……
―――――最低だ。




