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Fairy song  作者: 時雨青葉
第10歩目 眩暈
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自由になるための条件


「はっ…!?」



 想像を遥かに超えたその反応に、シュルクはそれ以上何も言えなかった。



「ねえ、一つ取引をしない?」



 リリアはシュルクにすり寄る。



「ヨルに言われたのよね。さすがに、数百年ぶりの(めぐ)()を殺してしまうのはもったいないって。国一番の霊神使いとしては、あなたはどうしても失いたくないサンプルみたいなの。ヨルが私に内緒であなたと話をしに来てたのは、そういうことが目的だったみたい。」



「そういう…?」



「つまり、ヨルはあなたを殺したくないのよ。だから、私に何度も別のことを提案してきたわよ。ふふ…。あなた、相当ヨルに気に入られたのね。」



「………?」



 話の輪郭すらつかめないシュルクは、不可解そうに眉を寄せる。

 そんなシュルクの頬をどこか愛しげになで、リリアは後ろを振り返った。



「ヨル。あなたの提案に乗ってあげる。これはこれで、面白そうね。」

「ありがとうございます。」



 頭を下げたヨルにくすりと笑い声を漏らし、リリアはまたシュルクに向かい合った。



「自由にしてあげましょうか? 本当の意味で。」



 間近から吹き込まれたのは、悩みすぎて弱った心に甘く響く、麻薬のような言葉。



「私はあなたに、金輪際関わらない。そう約束してもいいわよ。いつでもウェースティーンに帰れるように手配もしてあげる。たまにヨルがあなたに会いに行くかもしれないけど、それは私の(あずか)り知らないところだから勘弁してね。」



 明らかに表情を変えたシュルクに、リリアは(あや)しく口の端を上げる。



「その代わり、私のお願いを一個だけ聞いて?」



 すっと近寄ってくる唇。

 囁かれたのは―――





「あの子を、殺して?」





 甘い(もや)に侵されそうになっていた意識を、一気に現実に引き戻す願いだった。



「なっ…!?」



 顔面を蒼白にするシュルク。



 とっさに飛び退()きかけたが、その抵抗は空振りに終わる。

 逃がさないとでも言うように、リリアがシュルクの腕に自分のそれを絡めたからだ。



「あなたは、あの子が勝手に旅についてきたから、仕方なくあの子を連れているだけなんでしょう? だったら簡単じゃない。邪魔なものを処分するだけよ?」



 まずい。

 これ以上、彼女の言葉に耳を貸してはいけない。



 そう思うのに、体が全然動かなかった。



「欲を言えば、散々甘い言葉であの子を舞い上げたところで、一気に絶望の底に叩き落としてほしいけど……それで呪いが進行したら怖いものね。そこは贅沢(ぜいたく)を言わないわ。あなたがすることは簡単。あの子を(だま)して私の前に連れてきて、あの子を殺せばいいの。あの子、今の時点でかなりあなたのことが好きみたいだから、きっとそれだけで馬鹿みたいに絶望して死んでくれるはずよ。」



 リリアは、うっとりと目を細めた。



「ああ、想像するだけでわくわくするわ。確かにヨルの言うとおり、こういう楽しみ方も一興ね。ね、あなたもそう思わない?」



 リリアが同意を求めてシュルクの腕を引くが、対するシュルクは、それにまともな反応を返すことができなかった。



 誰かを殺す?

 自分が?



 今まで一度も考えたことがなかった選択肢に、思考回路がショートしてしまっていたのだ。



「ふふ、真っ青になっちゃって。本当に可愛い子。そうよね。人を殺したことがないんだもの。怖いわよね。」



 くすくすと肩を震わせ、リリアは優しい手つきでシュルクの髪を()く。



「大丈夫。あっという間よ。ああ、こんなものかって思うくらい、人ってあっさり死んじゃうの。心配しなくても大丈夫。表向きは、あなたが殺したことにならないようにするわ。あなたは自由を得るために、必要な義務を果たすだけ。それだけよ。」



「………自由になるための…義務……」



 頭が(しび)れる。



 リリアの手が、髪から後頭部を通ってうなじへと下りてくる。



 その時に爪でも引っかかったのか、微かな痛みを感じた気がしたが、その感覚すらも今は、夢か現実か分からなかった。



 恐怖と混乱で凍える頭が、身も心も全部凍りつかせていきそうで―――



「そう。あなたは悪くない。」



「………」



「これは、あなたのために必要なこと。あの子も、私にあなたを殺されるよりは、あなたに自分が殺された方が幸せなはずよ。」



「………」



 リリアの言葉が、どんどん自分を縛っていく。



 もはや一切の声を失ったシュルクを、リリアはまるで大事なものを扱うかのように抱き締める。



「………」



 そんな二人の様子を、ヨルは黙って見つめていた。



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