自由になるための条件
「はっ…!?」
想像を遥かに超えたその反応に、シュルクはそれ以上何も言えなかった。
「ねえ、一つ取引をしない?」
リリアはシュルクにすり寄る。
「ヨルに言われたのよね。さすがに、数百年ぶりの恵み子を殺してしまうのはもったいないって。国一番の霊神使いとしては、あなたはどうしても失いたくないサンプルみたいなの。ヨルが私に内緒であなたと話をしに来てたのは、そういうことが目的だったみたい。」
「そういう…?」
「つまり、ヨルはあなたを殺したくないのよ。だから、私に何度も別のことを提案してきたわよ。ふふ…。あなた、相当ヨルに気に入られたのね。」
「………?」
話の輪郭すらつかめないシュルクは、不可解そうに眉を寄せる。
そんなシュルクの頬をどこか愛しげになで、リリアは後ろを振り返った。
「ヨル。あなたの提案に乗ってあげる。これはこれで、面白そうね。」
「ありがとうございます。」
頭を下げたヨルにくすりと笑い声を漏らし、リリアはまたシュルクに向かい合った。
「自由にしてあげましょうか? 本当の意味で。」
間近から吹き込まれたのは、悩みすぎて弱った心に甘く響く、麻薬のような言葉。
「私はあなたに、金輪際関わらない。そう約束してもいいわよ。いつでもウェースティーンに帰れるように手配もしてあげる。たまにヨルがあなたに会いに行くかもしれないけど、それは私の与り知らないところだから勘弁してね。」
明らかに表情を変えたシュルクに、リリアは妖しく口の端を上げる。
「その代わり、私のお願いを一個だけ聞いて?」
すっと近寄ってくる唇。
囁かれたのは―――
「あの子を、殺して?」
甘い靄に侵されそうになっていた意識を、一気に現実に引き戻す願いだった。
「なっ…!?」
顔面を蒼白にするシュルク。
とっさに飛び退きかけたが、その抵抗は空振りに終わる。
逃がさないとでも言うように、リリアがシュルクの腕に自分のそれを絡めたからだ。
「あなたは、あの子が勝手に旅についてきたから、仕方なくあの子を連れているだけなんでしょう? だったら簡単じゃない。邪魔なものを処分するだけよ?」
まずい。
これ以上、彼女の言葉に耳を貸してはいけない。
そう思うのに、体が全然動かなかった。
「欲を言えば、散々甘い言葉であの子を舞い上げたところで、一気に絶望の底に叩き落としてほしいけど……それで呪いが進行したら怖いものね。そこは贅沢を言わないわ。あなたがすることは簡単。あの子を騙して私の前に連れてきて、あの子を殺せばいいの。あの子、今の時点でかなりあなたのことが好きみたいだから、きっとそれだけで馬鹿みたいに絶望して死んでくれるはずよ。」
リリアは、うっとりと目を細めた。
「ああ、想像するだけでわくわくするわ。確かにヨルの言うとおり、こういう楽しみ方も一興ね。ね、あなたもそう思わない?」
リリアが同意を求めてシュルクの腕を引くが、対するシュルクは、それにまともな反応を返すことができなかった。
誰かを殺す?
自分が?
今まで一度も考えたことがなかった選択肢に、思考回路がショートしてしまっていたのだ。
「ふふ、真っ青になっちゃって。本当に可愛い子。そうよね。人を殺したことがないんだもの。怖いわよね。」
くすくすと肩を震わせ、リリアは優しい手つきでシュルクの髪を梳く。
「大丈夫。あっという間よ。ああ、こんなものかって思うくらい、人ってあっさり死んじゃうの。心配しなくても大丈夫。表向きは、あなたが殺したことにならないようにするわ。あなたは自由を得るために、必要な義務を果たすだけ。それだけよ。」
「………自由になるための…義務……」
頭が痺れる。
リリアの手が、髪から後頭部を通ってうなじへと下りてくる。
その時に爪でも引っかかったのか、微かな痛みを感じた気がしたが、その感覚すらも今は、夢か現実か分からなかった。
恐怖と混乱で凍える頭が、身も心も全部凍りつかせていきそうで―――
「そう。あなたは悪くない。」
「………」
「これは、あなたのために必要なこと。あの子も、私にあなたを殺されるよりは、あなたに自分が殺された方が幸せなはずよ。」
「………」
リリアの言葉が、どんどん自分を縛っていく。
もはや一切の声を失ったシュルクを、リリアはまるで大事なものを扱うかのように抱き締める。
「………」
そんな二人の様子を、ヨルは黙って見つめていた。




