抑えられない恐怖
「なっ…」
リリアと目が合った瞬間、シュルクは反射的に小屋から出ようとしていた。
だが、無情にもその時にはドアは固く閉ざされており、小屋の外へと逃げることは叶わなかった。
「逃げないでちょうだいな。せっかくの再会なんだから、ゆっくりおしゃべりしましょう?」
リリアににっこりと笑いかけられ、シュルクは固唾を飲む。
せっかくの再会だって?
笑わせないでくれ。
こっちには、冷静さを保ちながら彼女と話せるほどの余裕なんかないんだ。
ただでさえ芳しくない精神状態。
混乱した心からじわじわと滲み出してきた怒りが向く矛先は、一つだけだった。
シュルクは目元を険しくし、リリアの斜め後ろを睨む。
そこで姿勢正しく佇んでいたヨルは、そんなシュルクの視線を受けても平然としていた。
「うふふ、騙されたって顔ね。」
リリアは満足そうだ。
一方のシュルクは、ヨルを睨む瞳に力を込める。
どうやら、賭けが裏目に出てしまったようだ。
さて。
この後に待ち受けるのは、フィオリアの前で彼女に殺されるといういつもの流れか。
いきなりの背水の陣。
この場を切り抜けるには、この辺りを更地にする覚悟で霊神召喚を行う他に道がない。
〈どうか、この場はお静かに。〉
脳内に声が響いたのは、その時のことだった。
「………っ」
シュルクは、チョーカーに伸ばしかけていた手をピタリと止める。
「無駄な足掻きは、やめた方が得策ですよ。あなたも、分が悪いことは分かっていらっしゃるでしょう?」
〈私とあなたのやり取りを、リリア様は詳しくご存じではありません。〉
(この状況で、お前を信じろと?)
物理的に空気を震わせるヨルの声と、脳裏を直接揺さぶるヨルの声。
二つの声を聞き、シュルクは顔を歪める。
「大丈夫です。悪いようにはしません。賢いあなたなら、分かるでしょう?」
「………」
無表情で告げるヨルの表情の中で、その黒い瞳だけが強く訴えてくる。
ここは大人しくしてくれ、と。
「………」
十分に悩み、シュルクは何度も躊躇いながら―――ゆっくりと手を下ろした。
これまでヨルが支払った労力とその成果。
そこに、一縷の望みを託すことにした。
「可愛い坊や。ヨルの言ってたことは、本当だったのね。」
抵抗する気配をなくしたシュルクにリリアが満足そうに笑みを深めて、腰かけていた椅子から立ち上がる。
「あらあら、相当疲れてるじゃない。初めて会った時には、もっと活き活きとした顔をしていた気がするけれど……」
「………っ」
冷たい指先がそっと頬に触れてきて、そこから電流にも似た寒気が走っていく。
そりゃあ殺されそうになれば、嫌でも活き活きするだろうよ。
そんな本音をぐっと胸の奥に押し殺し、シュルクはこの生き地獄のような時間に耐える。
「ヨルから聞いたのだけど、あなたって恵み子だってばれないように、かなり大事に育てられたんですって? そのせいで、全然外に出してもらえなかったそうじゃない。」
「………」
「せっかくウェースティーンを出られたのに、とんでもないお荷物がついてきちゃったわね。可哀想に。」
「………っ」
痛いところを突いてくるもんだ。
微かに体を震わせたシュルクに、リリアはますます機嫌をよくする。
「あの子のことだから、いつも何かを飲み込んだような顔をしてるんでしょう? ヨルの報告だと、あの子は城にいるよりも元気そうらしいじゃない。それってきっと、あなたがあの子の体調とかを気遣ってあげてるからでしょう?」
「………」
「うふふ、優しくて紳士的な坊やなのね。成り行きとはいえ、一緒にいる女の子は放っておけないのかしら。そのせいであなたがこんなに疲れてるってこと、あの子は知ってるのかしらね?」
「………っ」
「可哀想にねぇ?」
「―――……に…っ」
我慢の糸が切れるのは、あっという間だった。
「いい加減にしろ! 誰のせいだと思ってんだよ!!」
思わずリリアの腕を振り払い、シュルクは彼女を睨みつける。
「俺が可哀想? 冗談もほどほどにしろ! お前にとっちゃ、俺なんてルルーシェの対の相手で、殺す対象でしかないんだろう!? 可哀想なんて、これっぽっちも思ってないだろうが!! 本気でそう思うなら、もう俺に関わるな! ほっといてくれ!!」
やはり、リリアの存在は自分にとってのトラウマなのだ。
それを大いに実感する。
必死に抑え込んでも、本能的な恐怖で体が震えて息が上がる。
こればかりは、理性だけでは止められない。
胸を押さえて、肩を上下させるシュルク。
その様子を見つめ……
「まあ! 本当に、素敵な坊やだこと!!」
何故か、リリアは声を弾ませた。




