遠い〝あと一歩〟
(違う! 違う! 違うから――っ!!)
朝の動揺から未だに立ち直れないまま、シュルクは夜の山道をずんずんと大股で歩いていた。
今思い出しても、顔から火が出そうになる。
まさか、あの出来事の一部始終を見られていたなんて。
そうだと分かっていたら、フィオリアのことなんて、すぐに追い出してやったのに。
あいつのことなんて―――
「………」
思わず立ち止まる。
―――本当に?
もう一人の自分が問うてくる。
誰かが見ていたなら、本当に彼女のことを追い出せた?
あんな風に追い詰められて飛び込んできた彼女を、本当に突き放せた?
彼女が頼れるのは、自分しかいないのだと。
そう理解しているくせに?
「………っ」
きつく眉根を寄せるシュルク。
違う。
あれは、魔が差しただけ。
ああでもしないと、あいつは大人しくならなかったから。
あいつが起きるまで傍にいたのだって、単純にあいつが手を離さなかったからだ。
認めたわけじゃない。
受け入れたわけじゃないんだ。
「はっきりしろよ。中途半端は、嫌いだったはずだろ…っ」
くしゃりと前髪を掻き上げる。
そうだ。
中途半端は嫌いだ。
自分の思うように、態度を割り切ってしまえばいい。
それで他人がどんな顔をしようと、自分がそうと決めたならそう突き進むだけだ。
自分のためにしか動けないと断言した時、ヨルは一瞬、こちらを軽蔑するような表情を浮かべた。
それを見ても、自分はなんとも思わなかっただろう?
あんな風に、自分はこうだと断言すればいい。
フィオリアがどんな顔をしようと、自分が正しいと思えるならそれでいいじゃないか。
それで、彼女を悲しませるようなことになったとしても―――
「ほんと、馬鹿だ……」
考えれば考えるほどに、逃げ場がなくなる。
〝あいつのそんな顔なんか見たくない。〟
瞬間的にでも、そう思ってしまった自分に気付いてしまったではないか。
もう、惹かれているなんてレベルじゃない。
自分はきっと、彼女のことを―――
あと一歩。
あと一言。
たったそれだけ。
なのに、その一線がとてつもなく巨大な壁となって自分の前に立ちはだかっている。
これ以上、自分の気持ちを自覚したくない。
それなのに、気付けばいつも、脳裏には無邪気な笑顔がいて……
「こんなもの…っ」
思わず、首元の運命石を握り締める。
こんなものがなければ、フィオリアたちを蝕む呪いは生まれなかったはず。
もしそうだったなら、彼女は苦しい悪夢にうなされなかっただろうか。
自分は、もっと素直に彼女のことを受け入れられただろうか。
そしたら……自分も、彼女も心の底から笑えただろうか。
こんなに苦しむことになるなら、いっそのこと出会わない方がよかったのに……
「ああもう! 何考えてるんだよ、俺は!!」
他でもない自分に苛立ちを覚え、シュルクは目の前に迫っていたドアを乱暴に蹴り開ける。
今日は個人的に山に登っただけ。
誰が小屋にいるわけでもないし、多少の八つ当たりくらい許してくれ。
「ちくしょう……」
一気に気持ちを爆発させた後は、自分の弱さがただただ虚しいだけだった。
自己嫌悪が、ぐるぐると巡る。
その気持ち悪さに気を取られていて、全然気付かなかった。
誰もいないと思っていた小屋の中。
そこに、先客がいたなんて。
「あらあら。随分と荒れてる状態でのご登場ね。」
「―――っ!?」
背筋が凍った。
ねっとりと絡みつくような、どこか妖艶でおっとりとした声。
この声は、間違いなく―――
「お久しぶりね。」
顔色をなくすシュルクを見つめ、ティーン国を統べる女王のリリアは、狂気を孕ませた微笑を浮かべた。




