シュルク君、赤っ恥。
ものすごく、優しい夢を見た気がする。
温かくて、柔らかくて。
泣きそうなくらい幸せで。
具体的に思い出せないのが悔しいくらい、幸せな夢。
……でも、この余韻に浸っているだけで十分に幸せかもしれない。
そんなことを思っていたら、目の前がどんどん白んでいって―――
「ん…」
なんだかまぶしい。
下の方から、忙しない雰囲気の物音と話し声が聞こえる。
どうやら、もう日が昇っているらしい。
そろそろ起きなくては。
薄目を開けると、ぼんやりとした視界に誰かの姿が揺れた。
「だ、れ…?」
呟きながら、目をこする。
だんだんとはっきりとしてくる視界と意識。
少し時間をかけて目の前にいるのが誰かを認識したフィオリアは、途端に意識が凍っていくのを感じた。
「あ、れ……シュルク…?」
なんと、目の前にいたのはシュルクだったのだ。
(え…? どうしてシュルクが、ここにいるの?)
目覚めて早々、思考がパンクする。
シュルクは何も言わずに、しばらくこちらを見つめていた。
そして結局、彼は何も言わないままベッドから立ち上がって部屋を出ていく。
その拍子に、彼の手が自分の手を振り払っていった。
「………?」
フィオリアは振り払われた手を見つめて、首を傾げる。
左右の手で、温もりが違う。
さっき手を振り払われたということは、シュルクが手を握っていてくれたのだろうか。
―――あのシュルクが?
「あれ…?」
違和感がして、フィオリアは反射的に周囲を見回す。
室内に置いてある物が、自分の持ち物じゃない。
「嘘…。ここ……もしかして、シュルクの部屋?」
どうして自分は、彼の部屋で寝ていたのだろう。
混乱する頭で、必死に昨日のことを思い出す。
昨日もいつもの悪夢にうなされて泣きそうになっていて、そしたら隣の部屋で物音がして、シュルクがまだ起きてるんだって思って。
それから―――
『ああもう! お前には、柔軟性ってもんがねえのか!?』
そう言ったシュルクに、抱き寄せられた記憶が。
「あ…」
顔を真っ赤にして、頬に手をやるフィオリア。
そうだ。
昨日、自分は何がなんだか分からないまま、シュルクのところに飛び込んでいったのだ。
それで色んな気持ちを彼にぶつけて、彼から色んなことを教えてもらった。
でも……
「………」
どうしよう。
自分がいつ眠ったのか覚えていない。
もしかして、シュルクが手を握ってくれていたのではなくて、今の今まで自分が彼の手を離さなかったってこと…?
「きゃーっ!!」
フィオリアは慌てて部屋を出る。
どうしよう……
どうしよう、どうしよう!?
次々と思い出される、昨夜の出来事。
暴れる気持ちをどうにもできなくて、衝動のままにシュルクの部屋に飛び込んだこと。
狼狽えるシュルクを、勢いに任せて押し倒したこと。
そんなシュルクが面倒そうな顔をしながらも、優しく自分をなだめてくれたこと。
成り行きとはいえ彼に抱き締めてもらえたことを甘く―――思い返せるわけがない。
「どうしよう……」
いつもの習慣で着替えながらも、頭の中は大パニック。
勢いと衝動に任せて、自分は何をやっているのだ。
絶対に呆れられた。
今頃、旅に連れていく価値がないと思われていたらどうしよう。
とにかく、謝らなくては。
とはいえ、何をどう言い繕ったらいいのか……
気持ちの整理は全くついていなかったが、とにかくシュルクと話したいフィオリアは駆け足で階段を駆け下りる。
「あ、あの―――」
今ばかりは、シュルクを無理にでも外に連れ出す。
そう思ったのだけど……
「なんで、昨日のことを知ってるんですか!?」
ドアを開けた瞬間、普段のシュルクらしからぬ素っ頓狂な声が飛び込んできた。
「なんでって、あれだけ騒げばねぇ……」
シュルクを捕まえているのはセルカだ。
「一応、大喧嘩になったらいけないと思って、いつでも仲裁できる準備はしてたのよ。でも、そんな心配はいらなかったわね! ちゃんと好きな子を支えてあげられる器量があるんじゃないの。見直しちゃったわよぉ。」
「なっ…!? ちがっ……ってか、見てたんなら助けてくださいよ!!」
「やあねぇ。あそこで出てったら野暮じゃない。あなたたちも恥ずかしいでしょ?」
「今こうやって突っ込まれる方が、よっぽど恥ずかしいんですけど!?」
シュルクは顔を赤くして、セルカに猛抗議している。
そんな彼の周囲でキラキラとした光が舞っているのを見て、茫然と立ち尽くしていたフィオリアはハッと我に返った。
この状況はまずい。
今のシュルクは、霊子まで意識が回っていない。
これ以上彼が心を乱せば、今以上に霊子が寄ってきてしまう。
そんなことになったら、さすがに周囲の人に疑いの目を向けられてしまうかもしれない。
おろおろとしたフィオリアだったが、それは結果的に杞憂でしかなかった。
セルカを始め食堂の人々はシュルクの反応を面白おかしそうに見ている。
それに夢中になっているからか、彼の周囲に舞う霊子のことなど気にも留めていないようだった。
「んん~、初々しいわねぇ。今日は、ごちそうにしてあげるわね。」
「どこにそんな要素がありますかね!? 面白がるのも、いい加減にしてくださいよ!!」
「あらやだ、まだ意地を張っちゃうの? シュルクちゃんも、そろそろ認めちゃえばいいのに。いつもは仕事を優先してるのに、今日はちゃんとフィオリアちゃんを優先して、最後まで傍についてあげてたじゃないの。」
「そ、それは…っ」
「それは?」
「それは、色んな意味で仕方なくて……げっ!?」
興味津々といったセルカの視線から逃げたシュルクの目が、ふとした拍子にフィオリアを捉える。
「あら。フィオリアちゃん、おはよう。」
やたらとにこやかなセルカの隣で、シュルクはただでさえ赤かった顔をさらに赤くした。
「とにかく、昨日のあれは事故だったんです!!」
一方的に言い切ったシュルクはセルカの腕を振り払い、急ぎ足で集会所のドアへと向かう。
「あ、シュルクちゃーん。さっきのドアの話だけど、お金はこっちで持つから、気にしないでいいからね~。」
「意地でも払います!!」
捨て台詞のように言い放って、シュルクはドアを乱暴に閉めていった。
「あの子も、本当に素直じゃないねぇ。鉄面皮が剥がれると、まあ面白いこと。」
セルカはくすくすと笑っている。
「セルカ、ちょっと遊びすぎだよ。」
カウンター越しに、そう苦言を呈するランディア。
「あーら。あんたもまんざらでもなかったから、助け舟を出さなかったんでしょ?」
「まあね。」
ランディアがセルカの指摘を認めると、周囲の宿泊客たちもセルカと同じように笑って、シュルクのことを話し始めた。
どうやら、昨日の自分の暴走は、思ってもみない方向でシュルクに被害を与えてしまったらしい。
後悔すると同時にシュルクが可哀想になり、それ以上に自分の行動が恥ずかしくなるフィオリアだった。




