複雑な夜明け
―――俺は、これをどうしろと……
シュルクは片手で顔を覆う。
すぐ隣には、目元を赤くしてすやすやと眠るフィオリアが。
さすがに、こんな展開は予想していなかった。
幼い子供じゃあるまいし、泣き疲れて寝落ちだなんて……
こんなことになるんだったら、フィオリアが本格的に泣き始めた時に体を起こすんだった。
とりあえず、このままの状態は色んな意味でよろしくない。
シュルクはフィオリアの顔の前でひらひらと手を振ってみる。
相当深く眠っているのか、彼女が起きる気配は一切ない。
「よし、大丈夫だな。」
何度も確かめ、フィオリアの体の下敷きになっている腕をゆっくりと引き抜く。
「―――ああ、疲れた!!」
ようやく色々と誤解されかねない体勢から解放され、シュルクは大きく息を吐いて肩を落とした。
「ああもう…。外、明るくなってんじゃん……」
カーテンの外が白んできているのが分かり、体が一気に重くなるようだった。
……もう、今日は眠ることを諦めよう。
ベッドで穏やかな寝息を立てるフィオリアと窓を交互に見つめ、しんどくなるだろう一日を覚悟する。
とりあえず、このままの体勢では体が休まらないだろう。
下半身がベッドの下に投げ出されているフィオリアの体勢を見てそう思ったので、華奢な体を抱き上げてちゃんとベッドの真ん中に寝かせてやる。
フィオリアに布団をかけてからベッドを離れ、今まで開きっぱなしになっていたドアへと近寄った。
「あーあ、ばっちり壊れてんなぁ……」
金具が弾け飛んだドアノブを見つめ、溜め息混じりにぼやく。
これがいわゆる、火事場の馬鹿力というやつだろうか。
もしかしたらドアの金具が緩んでいたのかもしれないが、あの細い体のどこにこれを破壊できるだけの力が隠されていたんだか。
「まあ、謝るしかないよな。」
壊れてしまったものは仕方ない。
素直に謝って、修繕費用を支払うしかあるまい。
「う……ん……」
ふと後ろから、微かな声が聞こえた。
ひとまずドアを閉め、その声の方へと近寄ってみる。
先ほどの安らかな表情が一転、苦しそうな顔で毛布を握るフィオリア。
きっとまた、例の悪夢を見ているのだろう。
「………」
シュルクはフィオリアの枕元に腰かけ、無表情でその寝顔を見つめる。
どうりで、いつ見ても疲れたような顔をしているわけだ。
きっとセニアを出てから、毎日のように夢にうなされては、一人でその恐怖に耐えていたのだろう。
こんなことになる前に、素直に言えばよかったものを。
(……って、俺も随分身勝手だな。)
軽い自己嫌悪。
何かにつけてフィオリアに強くあたっておきながら、心の中だけではこんなことを思ってしまう。
そう思うなら普段から彼女が弱音を吐きやすいように接すればいいのに、それは自分の弱さがさせないのだ。
こんなにも情けない自分なのに……
『そうやって、いつも私を支えてくれることを言ってくれる。』
フィオリアはどうして、あんなことを言うのだろう。
「お前には、俺の言葉がどう届いてるんだよ……」
自分の中では、特にフィオリアを特別扱いしたつもりはない。
……でも、もしかしたらそう思っているのは自分だけなのかもしれない。
ランディアが素直になれと言ったのも。
フィオリアが自分のことを優しいと言ったのも。
結局、自分の中にある葛藤を隠しきれていない証拠なのだろう。
「う…」
フィオリアは未だに苦しそうだ。
そんな彼女が毛布を握り締めた手に力を込めるのを見て、ふと昔のことを思い出した。
まだ幼かった頃のことだ。
怖い夢を見たり、無性に寂しくなったりした時、両親がよく手を握って一緒にいてくれたっけ。
『怖いのがどこかに飛んでいくおまじない。』
そんなことを言って、優しく笑いながら。
「………」
ちょっと魔が差しただけ。
誰に向かっての言い訳か、そんなことを思いながら、ゆっくりとフィオリアの手を取ってみる。
少しだけ汗ばんだ、白くて細い手。
それを握る手に少しだけ力を込めて、シュルクは憂いを帯びた表情で息を吐いた。
「こんなんで、何が変わるっていうんだ……」
所詮はこんなもの、子供騙しでしかない。
記憶の中の自分がそれで安心して眠れたような気がするのも、きっとそう言いながら抱き締めてくれた両親の温もりにほっとしただけで。
だから、こんな些細な行動に意味なんかなくて……
「何やってんだろ、俺……」
呟き、フィオリアの手を握った手から力を抜く。
その瞬間。
―――きゅっと。
そのまま毛布の上に落ちていくはずだったフィオリアの手が、こちらの手を握り返してきた。
「………っ」
思わず息をつまらせて、フィオリアの表情を見つめるシュルク。
そんなシュルクの前で―――
ふわり、と。
幸せそうに、フィオリアが微笑んだ。
「―――そんな、露骨に反応するなよ……」
止まっていた息を吐き出し、シュルクは悩ましげに額に手をやった。
驚きとは別の意味で、鼓動が大きく早くなっていく。
自分は別に、恋愛物語でよく描かれる鈍感な主人公ではないのだ。
だから、はっきり言われずともちゃんと感じ取っている。
―――彼女が、自分にべったりと惚れていることくらい。
だから、余計に揺れてしまうのだ。
あとは自分が手を伸ばすだけだと。
それを分かっているから。
深く、深く。
本当に深く、シュルクは息を吐く。
「俺とお前。先に諦めるのは、どっちなんだろうな……」




