〝許してやれよ〟
「本当にお前って、馬鹿っていうかなんていうか……」
少しの沈黙を経てシュルクの口から出たのは、優しさとは遠い一言だった。
それを聞いたフィオリアが、余計に泣きじゃくってしまう。
「ううっ……やっぱり、私が悪いんだぁ……」
「ああもう! お前には、柔軟性ってもんがねえのか!?」
なんだか色々と面倒になってきて、シュルクはフィオリアのうなじに手を伸ばし、彼女の体を強く自分の方へと引き寄せた。
「きゃっ…」
自分の上に覆い被さってくるフィオリアの体を、シュルクはしっかりと抱き止める。
こいつを黙らせるには、これしか方法がない。
聞き分けのない子供を、驚かせてからなだめるもんだと思うことにしよう。
「分かった。俺の負けだよ。」
仕方ない。
ある程度は、こちらも譲歩するべきだろう。
「今はまだだめだけど、規制が緩和されたら、その時はちゃんとお前も連れてってやるから。」
「……ほんと?」
フィオリアが、潤んだ瞳に期待を込めてこちらを見つめてくる。
「約束する。つーか、元々そのつもりではあったんだけどな…。どうやら俺の説明不足だったみたいだし、そこは謝るよ。悪かったな。」
内心〝そこは察しろよ〟と思う自分がいたが、今のフィオリアに頭を使うことを求めても無意味である。
「それとな。」
盛大な息をつきながら、シュルクはフィオリアの頭をぽんぽんと叩く。
「確かに俺は、今までの自分なんか捨てちまえって言ったよ。言ったけどさ……それは何も、これまでの自分を全否定しろってことじゃねぇんだよ。」
「……え?」
ぱちくりと目をしばたたかせるフィオリア。
難儀な奴だ。
こいつには、言われた言葉に込められた深い意味を感じ取るという能力がないらしい。
こいつに十のことを伝えたいなら、きちんと一から十までを説明しなければならないということか。
「めんどくせぇなぁ……」
遠慮なく不満を零しておき、シュルクは再度フィオリアに向き合うことにする。
「なあ、変わりたいとか母さんを助けたいって思ったのは、ルルーシェとしての気持ちなのか?」
訊ねると、フィオリアは戸惑った顔をした。
「……違う、と思う。私が助けたいのは、セイラお嬢様じゃないもん。」
「なら、それでいいんじゃねぇの?」
「え?」
「え? じゃねぇよ。どうもお前には、俺の言いたいことがいまひとつ伝わってないみたいだな。俺の言い方が分かりづらいのか? ったく……」
ああ、早くもイライラしてきた。
いっそ突き放してしまいたくなる衝動をぐっとこらえるも、苛立ちを我慢しきれずに自分の髪を掻き回してしまう。
「俺は別に、今のお前を作ってきた過去とか価値観とかを、全部まるごと捨てた方がいいなんて思ってない。言い方を変えればな、今までの生き方とは違う生き方をしろって言いたかったの。」
「……生き、方?」
「そう。今までのお前は、ルルーシェの価値観に沿って生きてきた。だから、セイラからの復讐を仕方ないって受け入れてきたんだろう。でも今、フィオリアのしてのお前は、ちゃんと自分の気持ちで呪いを解こうと思ってここにいるじゃん。」
仕方ない。
彼女を連れて旅立ったのは自分の判断だし、そこに付随する面倒は甘んじて買ってやろう。
そう思うことにして、シュルクはフィオリアに自分が思うところを語った。
「ならその時点で、お前はルルーシェとしての生き方から抜け出してるよ。少なくとも、これまでと全く同じ結末は辿らないはずだ。それでいいじゃん。俺は、ルルーシェとしての気持ちを無理に捨てなくても構わないと思うぞ。」
「へ? ……あれ…? どういうこと?」
「ああもう……」
今度からは、こいつ相手に含みのある言い回しなんてしない。
そう心に決めながら、再び口を開く。
「物心ついた頃には、前世の記憶があったって言ってたよな? そんなら、ルルーシェとしての記憶や気持ちは、フィオリアとしてのお前の一部にもなってるんだろ。夢にセイラが出てくるっていうのも、お前がルルーシェに囚われてるんじゃなくて、フィオリアとしてのお前が、ルルーシェを否定することに罪悪感を持ってるってことなんじゃないのか?」
「………?」
「まあ、こればっかりはお前しか本当のことは分からないから、俺はあくまでも推測で物を言うしかできないけどな。」
「………」
「あー……話が紛らわしくなりそうだから、さっさと結論を言うよ。」
フィオリアの顔が難しそうに歪んだので、シュルクは話をまとめることにした。
「別にいいよ。ルルーシェとしての心を認めても。認めて、受け入れて―――それで、許してやれよ。」
「許す…?」
「そ。許せない過去の上に立つ自分のことなんて、いくら今を変えたって、結局許すことなんかできないだろ? そんなんじゃ、またそうやって自分を責めることになるぞ。今すぐにそれが無理なら焦らなくていいから、この旅の中で、ゆっくりと自分のことを許していけばいい。そしたら多分、今は見えないもんが色々と見えてくるさ。」
そこで、シュルクは深々と溜め息を吐き出す。
「ちゃんと切り替えておけよ。今のうちに、はっきりと言っておく。仮にこの旅の途中で俺が死ぬことになったとしても、俺はそれをお前のせいにするつもりはないからな。だからお前も、俺が死んだことを自分のせいにするんじゃねぇぞ。死んだ後までねちねち悩まれても、こっちは迷惑なんだからな。」
それは、心の底からの本音だった。
生まれ故郷を出るはめになったきっかけは理不尽な運命だったとしても、この旅に出ることを選んだのは自分。
呪いに囚われていてもいいから自分の意思で自由に飛び回りたいと願ったのは、紛れもない自分自身なのだ。
そう決めたことにフィオリアの存在も彼女の気持ちも関係ないのだから、それで彼女に変な責任を感じられても、こちらとしてはいい迷惑である。
「お前が俺の顔色を気にして悩んでるってのは、今ので分かったけどさ…。お前の人生はお前のもんなんだから、俺のことなんて気にせずに、もっと肩の力を抜けよ。どんな自分だろうが、お前がこれでいいって認められる自分なら、どんなんでもいいよ。」
それで合う奴と合わない奴が出るのは仕方ないのだから、合わない奴とは深く関わらなければいい。
つい流れでそこまで言いそうになったのだが、そんなことを言えば結局フィオリアがこちらの顔色を窺ってきそうなので、寸でのところでその言葉だけは飲み込む。
「………やっぱり……」
これまでずっと黙っていたフィオリアが、ふと呟く。
「やっぱり……シュルクは優しいよ。」
「はあ?」
何をどう受け取ったら、そんな結論に行き着くんだか。
眉をひそめたシュルクに、フィオリアは微かに口の端を吊り上げる。
「だって、シュルクはいつも私を否定しないもん。そうやって、いつも私を支えてくれること言ってくれる。」
「んー…?」
シュルクはさらに顔をしかめる。
自分の言葉は、フィオリアにそういう風に受け取られているのか。
こちらとしては当然のことを言ったまでで、捉え方によっては自分の理論をただ押しつけているだけのようにも聞こえると思うが。
「……まあ、お前がそう思うなら、それでいいんじゃないの?」
多分、ここであれこれ議論しても意味がない。
そう思ったので、曖昧に流しておくことにする。
すると―――
「ふえぇ…っ」
唐突に、耳元でそんな不穏な声がした。
「は!? 泣くの!?」
驚いてそちらを見やると、フィオリアは一生懸命に目をこすっていた。
「ごめ…なさ……なんか、気が抜けて……」
必死に涙を止めようとするフィオリアだが、彼女がそうすればそうするほどに、かえって涙が零れてくるように見えた。
「ごめんなさい……今だけ……今だけ許して…っ」
そう言ったかと思うと、フィオリアは小さな嗚咽をあげて泣き始めてしまう。
それを突き放すこともできず、かといって慰めてやることもできず、シュルクはフィオリアに気付かれないように息を吐きながら、この時間に耐えるしかなかった。




