二人の馴れ初め
「出会ったのは、本当に偶然だった。ガガール地区の小劇団の団長が怪我をしちゃって、私はその代理でたまたまガガールの首都に来てたの。で、共鳴鈴の調子が悪いってんで、あの人もその日たまたま首都に来ててね。そのついでか、私たちの劇を観に来てくれたのよ。」
セルカの昔話は、そんな語り出しから始まった。
「その日の題目には私の出番はなくて、私は最後の舞台挨拶にだけ顔を出したわけなんだけども、その時にお互いの運命石が反応しちゃってね。……まあ、余興としては大盛り上がりだったわね。私とあの人だけがポッカーンとして、周りに置いてかれてたくらいだもの。内心、やっばーって思ったのだけは、よく覚えてるわ。」
「え…?」
セルカの言葉に、フィオリアは目を大きく見開く。
「……嬉しく、なかったんですか?」
今の二人の仲睦まじさからはとても想像できなかったので、思わずセルカの話を遮ってしまった。
「もちろん嬉しさはあったけど、それと同じくらい複雑でもあったわね。」
寂しげに目を伏せるセルカ。
「自分で決めた生き方とはいえ、忙しすぎて運命の相手なんて捜す余裕もない毎日。もう運命の相手なんていいやって割り切って仕事に打ち込んで、気がつけばもう三十過ぎよ? お互い手放しで喜べるほど若くはなかったし、私もその時は、背負ってるものが多すぎたから……」
(なんか、分かるな……)
フィオリアは、自分の胸を押さえる。
自分も王族に生まれた身として、未来に背負うべきものはたくさんある。
もしシュルクと出会ったのが今じゃなかったら、自分が背負うものを捨ててまで外に飛び出すことはできなかっただろう。
特にセルカの場合、当時背負っていた責任は、果てしない努力の末に望んで手に入れたもの。
一朝一夕に手放せるものではなかったはずだ。
「でも、周りが勝手に結婚の話を進めようとしちゃってね。その時に、あの人が言ってくれたのよ。『僕は何度でもロアヌに通います。いくらでも待ちます。だから今は、彼女がやりたいことを最後までやりきらせてあげてください。』って。そう言って、まだ混乱して何も言えなかった私の代わりに頭を下げてくれたの。」
「素敵な人ですね。」
「ほんと、そうでしょう? 劇団に入れた時よりも、団長になれた時よりも、あの時の方がずっとずっと嬉しかった。……ああ、この人の隣になら飛んでいける。この人の隣で笑っていたいから、ここでやることはやりきってから行かなきゃだめだって、素直にそう思えたの。今思えば、あの人は初めから、私が劇団に未練たらたらなのを見抜いていたのね。」
「そうかもしれないですね。結局、どのくらい待ってもらったんですか?」
「五年。」
「五年!?」
まさかの年数に驚いて、素直に声を裏返してしまうフィオリア。
そんなフィオリアの反応が面白かったのか、セルカは豪快に大笑いした。
「さすがに、待たせすぎたかしらね。あの人って本当に文句を言わないもんだから、私も甘えすぎちゃったわ。これは後から聞いた話なんだけどね、ガガールの文化では、女は運命の相手を見つけたらすぐに家庭に入るものなんですって。裏を返せば、それができるくらいの生活力が男には求められてたわけね。そんな文化のせいか、私を待ってる間のあの人の立場はひどいもんだったそうよ。」
「そんな……」
「それをあの人ったら、全部あの笑顔で聞き流していたらしくてね。言ってくれれば、その場で殴り込みに行ったのに。」
「その言い方だと、結婚してからは殴り込みに行ったんですね……」
「当たり前じゃない。ちょっと普通から逸れたからって、うちの自慢の旦那を出来損ないみたいに言われてたまるかってのよ。大事なのは、文化や慣習みたいなしがらみじゃない。結局は、人の心なのよ。」
「人の、心……」
「そう。」
セルカは大きく頷き、フィオリアの肩に手を置いた。
「ねぇ、フィオリアちゃん。シュルクちゃんに言いたいことが、たくさんあるんでしょう? 伝えるって怖いけど、本当に大事なことよ。ふてくされて可愛い顔を台無しにしちゃうくらいなら、思いっきりぶつかってきなさいな。」
そんなことを言われたフィオリアは、途端に眉を下げる。
シュルクに言いたいこと。
それを考えるだけで、胸が熱くていっぱいになる。
あなたが好きだって。
そう伝えたくてたまらない。
「でも……」
そんなことを言えば、それはきっと彼の重荷にしかならなくて……
「心配しなくても、シュルクちゃんならちゃんと受け止めてくれるわよ。」
セルカの声は、やけに自信たっぷりだった。
「ルーウェルちゃんを見てたら分かるでしょう? シュルクちゃんは、理屈でねじ伏せられないしつこさには勝てないって。だったらもう、しつこくゴーよ。物分かりよく引いてたら、いつまで経ってもシュルクちゃんに振り向いてもらえないわよ?」
「うう…っ」
返す言葉もない。
「大丈夫だって!!」
セルカは、勢いよくフィオリアの背中を叩いた。
「フィオリアちゃんが思ってるほど、シュルクちゃんはフィオリアちゃんのことを嫌っちゃいないよ。私が保証してあげるから。ね?」
セルカは最後に、おおらかに笑ってくれた。
(……期待しても、いいのかな?)
脳裏に、シュルクの姿が揺れる。
シュルクは、自分のことを嫌いだとは言わない。
そしてセルカは、シュルクが自分のことを嫌っていないと言う。
わがままになって、この甘さの中に飛び込んでいいのだろうか。
そうすれば、彼は受け止めてくれる?
この生き埋めのような苦しさからも、解放される?
「………」
この時はまだ、決断は下せなかった。




