まさかのお願い
「ああ、おかえり。」
外出先から集会所に戻ってきたシュルクを見やり、ランディアは優しく表情を和ませた。
「今日もルーウェル君が来てたよ。」
「うっ…。もしかして、まだ待ってるんですか?」
「いいや? 他の集会所にまで押しかけてきたら、一生口を利いてやらねえって、君からの伝言を一言一句違わずに伝えたら、しょんぼりしながら帰っていったよ。」
「よかった……」
あからさまにほっとするシュルクに、ランディアはくすりと笑う。
「あの子の使い方が随分と上手くなったね。」
「ランディアさんの言うとおりでした。うざったいのは変わらないけど、無駄にキレる必要がなくなったのは大きいですね。」
「君って、結構短気だもんねぇ。」
「それは、まあ……一応、気にしてはいるんですけど……」
ランディアが出してくれたコーヒーを啜りながら、シュルクは気まずけに視線を逸らす。
「まあまあ、いいじゃない。そこが、シュルクちゃんのいいところでもあるんだから。」
ランディアの後ろから、セルカがひょっこりと現れる。
「そんなシュルクちゃんに、折り入って頼みがあるんだけど。」
「……なんですか?」
嫌な予感がする。
また余計なお節介が発動するのかと思うと、体が勝手に厳戒体制を取ってしまった。
「やあねぇ~。別に今日は、フィオリアちゃんのことは関係ないわよ。分かりやすいわねぇ、まったく。」
客席で他の客と話しているフィオリアには聞こえないようにこっそりと言われ、途端に気恥ずかしさで顔が熱くなるのが分かった。
「……それは置いといて、頼みって何なんですか?」
ぶっきらぼうに問うと、セルカは悩ましげに眉を寄せた。
「実は、ルーウェルちゃんのことなんだけどね。」
「は? あいつ、また何かやらかしたんですか?」
それはそれで、別の方面でめんどくさい。
シュルクの口調から不穏な響きを察したのか、セルカがいやいやと両手を振る。
「ああ、違うの。別に、前みたいなことがあったとかじゃなくて…。そうねぇ……」
セルカはしばらく上手い言い回しを探していたが、やがて諦めたのか、肩をすくめてまた口を開いた。
「逆にいい子になりすぎちゃって、みんな戸惑ってるみたいなのよ。どんな雑用も嬉しそうにやっちゃうし、どこから出てくるのか、援助物資とか寄付金とかをぽんと出してきちゃうのよねぇ。」
「ああ。あいつ、業界の中じゃ天才だって有名らしいですよ。あいつの性格はともかく、あいつが出す論文欲しさに研究室に金を投資する奴がいっぱいいるって聞きました。その分の還元がきちんとされてるなら、あいつは相当稼いでますよ。」
以前にルーウェル本人や別の集会所の人から聞いたこと話すと、セルカもランディアも目をまんまるにした。
「そんなにすごい子だったの? あの子。」
「そうらしいです。多分、あいつが今まで一人だったのには、そういう理由もあるんでしょうね。話のスケールが常人にはついていけないレベルですから。」
「その反動が、今になって思い切り出ちゃってるのか。本人は頼られたりするのが嬉しくて仕方ないんだろうけど…。でも、ね……」
「そう、ね……」
まるで大きな壁にでもぶち当たったかのような、ランディアとセルカの表情。
言いたいことは、痛いほど分かる。
「一応この間、騙されるなよって釘は刺しましたよ。意味は通じてないと思うけど。」
告げると、途端に二人から意味ありげな視線が向けられる。
その意味をすぐに察したシュルクは、ぶんぶんと首を左右に振った。
「やめてくださいよ。あんなの、俺に対処できるわけないじゃないですか。ずっとここにいるわけでもないのに…。というか、本来ならこれは親の仕事でしょう。」
勘弁してほしい。
よくも悪くも他人を疑うことを知らない子供みたいな奴に一から道徳を教えるなんて、考えるだけで逃げたくなる。
それはもう、自分の仕事じゃない。
「そりゃそうだよね。」
「さすがに、そこまでシュルクちゃんにやらせたらだめよねぇ。」
二人は揃って息をつく。
よかった。
最初から、本気ではなかったらしい。
「もしかして、頼みってそれですか?」
「え? ……あ、違うのよ。ごめんね、話が逸れちゃったわ。」
セルカは、ぽんと両手を叩く。
「シュルクちゃん。何か欲しいものとか、必要なものってないかしら?」
「……は?」
どういう意味だろうか。
それは、全く予想していない言葉だった。
不可解そうに眉を寄せるシュルクに、セルカは困ったように笑いながら説明を加えた。
「ルーウェルちゃんのことで、色んな人がシュルクちゃんにお礼をしたいって申し出ててね。シュルクちゃんはそんなの受け取らないよって断ってるんだけど、お金がいらないなら他のものでって、向こうも相当粘ってて。気持ちは分かるから、私もだんだん断りづらくなっちゃって…。お願い! 建前程度でいいから、何か頼んでくれないかい? 私を助けると思って!」
セルカはシュルクに向かって、両手を合わせる。
「あー……ひとまず、裏でそんなことやっててくれて、ありがとうございます。」
セルカとランディアに頭を下げ、シュルクは次に難しげに顔をしかめる。
これはまた、面倒なことになった。
旅に必要なものはもちろんあるのだが、そのくらいなら今稼いでいる金でいくらでもまかなえる。
それらを頼んだとしても、身軽に移動したい道中ではかえって邪魔になるだけだろう。
かといって、個人的に欲しいものも今のところはないし……
「うーん……」
「シュルクちゃん、なんとか捻り出して!!」
「そんな無茶な……」
シュルクは期待が込められたセルカの視線から逃げるように、顔を食堂の方へと向ける。
(あ…)
とある一点を視界に捉えた瞬間、ふとあることに思い至る。
あった。
特に邪魔にもならない、軽いもの。
だが、それを頼むのは自分の立場的にいかがなものか。
消極的な理性が、すぐにストップをかけてきたのだが……
「じゃあ―――」
この時は、どうにかして今の状況を脱したい気持ちの方が勝ってしまった。




