黒い影との再会
「お前……」
突然の再会に、シュルクはそう呻くしかなかった。
「そんなに警戒せずとも、私はもう、あなたをどうにかしようなんて思ってませんよ? ほら。今日は槍も持ってきてないでしょう?」
シュルクを見据え、ヨルはひらひらと手を振ってみせる。
「……それが信用されると、本気で思ってんのか?」
あれだけの騒動を生み出しておきながら、よくそう言えたもんだ。
最近はすっかり忘れていた昔の傷が疼くようで、シュルクは表情を険しくして奥歯を噛む。
彼は、フィオリアの母親であるリリアの側近。
そんな彼の言葉を信じろという方が無理である。
(勘弁してくれ。あの時のことは、割とトラウマになってるんだから…っ)
狂気的な笑顔でナイフを降り下ろしてきたリリアの姿が脳内にフラッシュバックして、意識とは関係なく体が震えそうになる。
それを気取られないために拳を握り締めれば、指の末端が驚くほど冷たくなっているのが分かった。
そんなシュルクに、ヨルはわざとらしく肩をすくめる。
「大丈夫です。あなたに危害は加えません。ただでさえ今は、リリア様が倫理審議にかけられているんです。この状況で、下手な真似などできませんよ。本当に、あなたの味方についている人々は仕事が早くて困ります。」
ティーンの女王が、倫理審議にかけられている。
そういえば、旅の途中で噂には聞いた。
倫理審議会とは、王族専門の裁判機関のようなものだ。
運命の相手を誰もが安全に探せるようにと、五ヶ国で掲げられている絶対和平の鉄則。
それを脅かしかねない行為、もしくは思想が王族に見られた場合に倫理審議会は召集され、疑いをかれられた者が王族たるにふさわしいかを審議する。
審議中は不正が行われないように、外出や手紙のやり取りなどに制限がかけられるそうだ。
取り調べで長時間拘束されることも多いと聞く。
なるほど。
ヨルの発言から察するに、リリアが倫理審議会に目をつけられるように煽動したのはザキたちのようだ。
ザキたちや両親の人脈の広さや人望の厚さなら、そういう噂を広めることは簡単だろう。
「じゃあ、何しに来たんだ。大人しくご主人の傍にいてやったらいいだろう。」
鋭く問う。
「個人的に興味があったから、ではいけませんか?」
ヨルは、もったいぶらずに答えた。
「セニアからチャパルシアに向かうのかと思いきや、全然違う方向の馬車に乗るんですもの。人員配備を誤って、リリア様に大目玉をくらってしまったじゃありませんか。」
「……は?」
そこで感じたのは、驚きではなく違和感。
シュルクは眉を寄せる。
自分がチャパルシアに向かう可能性があるということは、少し頭を回転させれば誰でも思い至るだろう。
だがヨルは今、それに加えてセニアの地名を口にした。
人員配備を誤ってしまったということは、彼は自分たちがセニアにいたことを知っていたのだ。
つまり―――
「お前、わざと俺らを逃がしたのか?」
そういうことに、他ならないのでは?
自分なら、捕縛対象がそこにいると分かれば、相手に勘付かれないうちに奇襲をかける。
相手は自分たちにまだ追いつかれていないと思って安心しているのだ。
チャパルシア方面に人を配備する時間と余裕があったなら、その精神の油断をつく方が何倍も効率がいいはず。
「……あなたが自分の安全を第一にチャパルシアへと向かうような人だったら、もちろん容赦するつもりはありませんでしたよ。」
ぞっとするような、冷たい声。
やはり、自分の推測は間違っていなかったようだ。
さすがは女王の側近を任されるだけのことはある。
正直、国境を越えるのが簡単すぎて気持ち悪かったのだが、こういうことだったのなら違和感も解消だ。
「じゃあ、お前が俺を逃がしてもいいと思えたのはなんでだ?」
続けて問いかける。
この場から逃げてはいけない。
本能的に、そう思えた。
今ここで彼に背を向ければ、その瞬間に彼は敵へと変わる。
そんな気がしてならなかったのだ。
「さあ…? それは、今から考えます。」
自分の本能的な危惧を裏付けるような言葉が、ヨルの口から放たれる。
「言ったでしょう? 個人的に興味があると。いくつか、私の質問に答えていただきたい。」
「……なんだよ。」
この場は、大人しく従うしかあるまい。
目的を達するまでここを離れるわけにいかない以上、現在地を掴まれているこちらが不利だ。
ここで判断を間違えば、最悪の場合セルカたちにも被害が及んでしまう。
「一つ目は、本当にただ純粋な疑問です。」
そう前置きをしてヨルが口にしたのは、当然といえば当然かもしれない疑問だった。
「あなたは何故、フィオリア様と一緒にいるんです?」




