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Fairy song  作者: 時雨青葉
第7歩目 生き物を拒む山
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臨界点突破

 睨んだ相手を射殺さんばかりの眼力。

 それに、フィオリアだけではなく店の全員が息を飲んで肩を震わせた。



「………」



 シュルクは自分の手から流れる血には一切気を留めず、ぐるりと振り返ってこの状況を生み出した張本人と対峙する。



「なっ……なんだよ……」



 さすがに、この展開は予想していなかったようだ。

 ルーウェルが、(へび)に睨まれた(かえる)のように体を痙攣(けいれん)させた。



 そんなルーウェルに、シュルクは無言で近寄っていく。



「オレは悪くない! お前が生意気だから…っ」

「………」



「お前が……お前が悪いんだ!!」

「………」



「なっ、なんか言えよ! 怖いだろ!?」



 無言で距離を詰められる恐怖に耐えかねたルーウェルが、情けない叫び声をあげる。



 それでも彼がその場から動かないのは最後の意地なのか、はたまたシュルクの怒気にあてられて動けないだけなのか。



「………」



 とうとう、シュルクがルーウェルの目の前に立った。



「…………ざ。」

「へ…?」



 上手く声を拾えなかったルーウェルが、ぽかんと口を開ける。



「―――正座。」



 ドスの()いた声音で告げたシュルクは次の瞬間、目にも止まらぬ速さでルーウェルに足払いをかけた。



「おわっ!?」



 一瞬でバランスを崩されたルーウェルが、地面に尻餅をつく。



 シュルクはルーウェルが体勢を立て直す前にその胸ぐらを掴み、勢いよく自分の方へと引き寄せた。



 その力強さに負けたルーウェルは、シュルクが操る方向に体を動かすしかない。

 結果的に、彼はシュルクが命じた体勢を取らされることになった。



「お前、さっき俺がなんて言ったか覚えてる? 俺、これ以上は店の備品を壊すなっつったよな?」



「へっ…? えっと……」



「千歩譲って、コップと窓ガラスは許してやるとしよう。でも、これだけはアウトだ。」



 掲げられたシュルクの手には、この集会所の共鳴(りん)が握られていた。



「あのな。お前、これがどんだけ貴重なもんか知ってるか? どんな田舎(いなか)だろうと、集会所を設立するには必ず国に申請を通さなきゃなんない。そんで、国からの許可を得た集会所にだけ共鳴(りん)が配付されるわけ。分かるか? 国が管理してなきゃいけないくらい数が少ねえんだよ、これは。しかも、譲渡や買い切りじゃなくてレンタルだからな? これのレンタル代に、月々いくらかかると思ってんの? メンテ代だって馬鹿にならないんだからな?」



「そ、そんなの知るかよ!」



「知ってる知らねえの問題じゃねえ!! 自分がやらかしかけたことの深刻さを、ちゃんと理解しろ!!」



 有無を言わさない口調で怒鳴られ、ルーウェルがびくりと体を震わせた。



「これを壊してみろ。賠償金として、いくら取られるか分かったもんじゃないぞ。下手すれば、集会所を畳まなきゃいけなくなるんだ。お前もよくここに来てるなら分かるよな。この集会所が潰れたら、山の調査にかなり影響が出るって。」



「………っ」



「ああ。心配しなくても、そうなった時にはきっちりとお前に責任を取らせてやる。今の時点で、器物損壊罪に傷害罪だ。証人もたんまりいるし、お前お得意の〝オレは悪くない〟は通用しねえからな。」



「―――っ!!」



 ルーウェルが顔を青くして、小さな悲鳴をあげる。

 そこでシュルクは突然、ルーウェルの服から手を離した。



 何が起きたのか把握できずにまばたきを繰り返すルーウェルに、シュルクはこれまでと一変して爽やかな笑顔を向ける。



「もちろん、そうなることをちゃんと分かってての行いだよな? 仮にもエリートみたいだし? これが壊れたとしても、その分の償いくらい余裕でできるんだろ? 俺が怪我してまで守る必要もなかったか。」



 にっこりと笑みを深めたシュルクは、共鳴(りん)を持っていた手をパッと開いた。

 すると―――



「わあああぁぁっ!!」



 態度を百八十度変えたルーウェルが、必死の形相で共鳴(りん)を受け止める。



「わ、悪かった! オレが悪かったから!!」

「はあ?」



 情けなく頭を下げるルーウェルに、シュルクは一瞬で笑みを引っ込めて彼を睨む。



「悪かった、ごめんなさいで、どうにかなるとでも?」



「だ、だって……」



「それに、謝る相手は俺じゃねぇだろうが。自分が負けた相手にはゴマすって、他は相も変わらず召し使いってか? さあて、どこまで根性を腐らすつもりかね?」



「うわああん! それも全部、謝るからぁ!!」



「だから、謝るだけで済むと思うなっつってんの。今回の件、しっかりと請求するもんは請求させてもらうからな。」



「分かった。分かったって!!」



 もう頭が上がらないのか、ルーウェルは半分涙目で叫んでいる。

 だが、ここまで自分をキレさせたこいつが悪い。



 シュルクはすでに、〝適度〟などという単語を捨てていた。



「ちょうどイラついてたんだよね、俺。今日はこのまま説教だ。お前が所有物だと勘違いしてた集会所がどんなもんか、一から十まで全部叩き込んでやる。寝かせてもらえると思うな。」



「はあ!?」



「文句あんのか? ついでに、常識っていう授業をつけてやってもいいんだぞ?」



「いや……その……」



「口答えするな。」



「………っ」



 もはや抵抗は無意味。



 それを悟ったのか、冷たい地面にひざまずくルーウェルは、シュルクの説教をひたすら聞くに徹している。



 そんな彼らを見ながら……



「キレると怖いわねぇ、あの子。」

「ほんとに……」



 割れたガラスの片付けをしていたセルカとランディアは、呆気に取られた様子でそう呟いた。



「シュルク君、なんであんなに集会所事情に詳しいの? 僕、びっくりしちゃった。」

「ああ、それは……」



 感心して息を吐くランディアに、フィオリアは苦笑いを浮かべた。



「シュルク、地元の集会所で通訳と会計を兼任してたみたいなんです。多分あそこまで怒ったのは、あの人が高いものばっかり壊そうとしたからだと……」



 それを聞いたランディアは瞠目し、次に深く息を吐いて肩を落とした。



「シュルク君の優秀さには、何も言えなくなるね。でも、おかげで納得したよ。確かに、共鳴(りん)関連の予算には毎年頭が痛くなるもん。」



「あはは……」



 フィオリアは、乾いた笑いを返すしかない。



「シュルクさんったら、かっこよすぎますよ!! あのルーウェルをこてんぱんにしてくれるなんて! 私、ものすごくスカッとしちゃいましたぁ!!」



 ふとその時、いつの間にキッチンから出てきていたのか、チェルが黄色い歓声をあげた。



 それで、フィオリアは改めて周りを見回してみる。



 人々の視線は漏れなくシュルクに集中していて、その場にはチェルと同じように、彼を讃えるような興奮混じりの空気が広がっていた。



 そして、そんな周囲の空気の一切を意識から切り離していたシュルクは、自身の宣言どおり日が落ちるまで長い説教を続けるのであった。



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