臨界点突破
睨んだ相手を射殺さんばかりの眼力。
それに、フィオリアだけではなく店の全員が息を飲んで肩を震わせた。
「………」
シュルクは自分の手から流れる血には一切気を留めず、ぐるりと振り返ってこの状況を生み出した張本人と対峙する。
「なっ……なんだよ……」
さすがに、この展開は予想していなかったようだ。
ルーウェルが、蛇に睨まれた蛙のように体を痙攣させた。
そんなルーウェルに、シュルクは無言で近寄っていく。
「オレは悪くない! お前が生意気だから…っ」
「………」
「お前が……お前が悪いんだ!!」
「………」
「なっ、なんか言えよ! 怖いだろ!?」
無言で距離を詰められる恐怖に耐えかねたルーウェルが、情けない叫び声をあげる。
それでも彼がその場から動かないのは最後の意地なのか、はたまたシュルクの怒気にあてられて動けないだけなのか。
「………」
とうとう、シュルクがルーウェルの目の前に立った。
「…………ざ。」
「へ…?」
上手く声を拾えなかったルーウェルが、ぽかんと口を開ける。
「―――正座。」
ドスの利いた声音で告げたシュルクは次の瞬間、目にも止まらぬ速さでルーウェルに足払いをかけた。
「おわっ!?」
一瞬でバランスを崩されたルーウェルが、地面に尻餅をつく。
シュルクはルーウェルが体勢を立て直す前にその胸ぐらを掴み、勢いよく自分の方へと引き寄せた。
その力強さに負けたルーウェルは、シュルクが操る方向に体を動かすしかない。
結果的に、彼はシュルクが命じた体勢を取らされることになった。
「お前、さっき俺がなんて言ったか覚えてる? 俺、これ以上は店の備品を壊すなっつったよな?」
「へっ…? えっと……」
「千歩譲って、コップと窓ガラスは許してやるとしよう。でも、これだけはアウトだ。」
掲げられたシュルクの手には、この集会所の共鳴鈴が握られていた。
「あのな。お前、これがどんだけ貴重なもんか知ってるか? どんな田舎だろうと、集会所を設立するには必ず国に申請を通さなきゃなんない。そんで、国からの許可を得た集会所にだけ共鳴鈴が配付されるわけ。分かるか? 国が管理してなきゃいけないくらい数が少ねえんだよ、これは。しかも、譲渡や買い切りじゃなくてレンタルだからな? これのレンタル代に、月々いくらかかると思ってんの? メンテ代だって馬鹿にならないんだからな?」
「そ、そんなの知るかよ!」
「知ってる知らねえの問題じゃねえ!! 自分がやらかしかけたことの深刻さを、ちゃんと理解しろ!!」
有無を言わさない口調で怒鳴られ、ルーウェルがびくりと体を震わせた。
「これを壊してみろ。賠償金として、いくら取られるか分かったもんじゃないぞ。下手すれば、集会所を畳まなきゃいけなくなるんだ。お前もよくここに来てるなら分かるよな。この集会所が潰れたら、山の調査にかなり影響が出るって。」
「………っ」
「ああ。心配しなくても、そうなった時にはきっちりとお前に責任を取らせてやる。今の時点で、器物損壊罪に傷害罪だ。証人もたんまりいるし、お前お得意の〝オレは悪くない〟は通用しねえからな。」
「―――っ!!」
ルーウェルが顔を青くして、小さな悲鳴をあげる。
そこでシュルクは突然、ルーウェルの服から手を離した。
何が起きたのか把握できずにまばたきを繰り返すルーウェルに、シュルクはこれまでと一変して爽やかな笑顔を向ける。
「もちろん、そうなることをちゃんと分かってての行いだよな? 仮にもエリートみたいだし? これが壊れたとしても、その分の償いくらい余裕でできるんだろ? 俺が怪我してまで守る必要もなかったか。」
にっこりと笑みを深めたシュルクは、共鳴鈴を持っていた手をパッと開いた。
すると―――
「わあああぁぁっ!!」
態度を百八十度変えたルーウェルが、必死の形相で共鳴鈴を受け止める。
「わ、悪かった! オレが悪かったから!!」
「はあ?」
情けなく頭を下げるルーウェルに、シュルクは一瞬で笑みを引っ込めて彼を睨む。
「悪かった、ごめんなさいで、どうにかなるとでも?」
「だ、だって……」
「それに、謝る相手は俺じゃねぇだろうが。自分が負けた相手にはゴマすって、他は相も変わらず召し使いってか? さあて、どこまで根性を腐らすつもりかね?」
「うわああん! それも全部、謝るからぁ!!」
「だから、謝るだけで済むと思うなっつってんの。今回の件、しっかりと請求するもんは請求させてもらうからな。」
「分かった。分かったって!!」
もう頭が上がらないのか、ルーウェルは半分涙目で叫んでいる。
だが、ここまで自分をキレさせたこいつが悪い。
シュルクはすでに、〝適度〟などという単語を捨てていた。
「ちょうどイラついてたんだよね、俺。今日はこのまま説教だ。お前が所有物だと勘違いしてた集会所がどんなもんか、一から十まで全部叩き込んでやる。寝かせてもらえると思うな。」
「はあ!?」
「文句あんのか? ついでに、常識っていう授業をつけてやってもいいんだぞ?」
「いや……その……」
「口答えするな。」
「………っ」
もはや抵抗は無意味。
それを悟ったのか、冷たい地面にひざまずくルーウェルは、シュルクの説教をひたすら聞くに徹している。
そんな彼らを見ながら……
「キレると怖いわねぇ、あの子。」
「ほんとに……」
割れたガラスの片付けをしていたセルカとランディアは、呆気に取られた様子でそう呟いた。
「シュルク君、なんであんなに集会所事情に詳しいの? 僕、びっくりしちゃった。」
「ああ、それは……」
感心して息を吐くランディアに、フィオリアは苦笑いを浮かべた。
「シュルク、地元の集会所で通訳と会計を兼任してたみたいなんです。多分あそこまで怒ったのは、あの人が高いものばっかり壊そうとしたからだと……」
それを聞いたランディアは瞠目し、次に深く息を吐いて肩を落とした。
「シュルク君の優秀さには、何も言えなくなるね。でも、おかげで納得したよ。確かに、共鳴鈴関連の予算には毎年頭が痛くなるもん。」
「あはは……」
フィオリアは、乾いた笑いを返すしかない。
「シュルクさんったら、かっこよすぎますよ!! あのルーウェルをこてんぱんにしてくれるなんて! 私、ものすごくスカッとしちゃいましたぁ!!」
ふとその時、いつの間にキッチンから出てきていたのか、チェルが黄色い歓声をあげた。
それで、フィオリアは改めて周りを見回してみる。
人々の視線は漏れなくシュルクに集中していて、その場にはチェルと同じように、彼を讃えるような興奮混じりの空気が広がっていた。
そして、そんな周囲の空気の一切を意識から切り離していたシュルクは、自身の宣言どおり日が落ちるまで長い説教を続けるのであった。




