ランディアからの助言
ここは、ガガール国の山間都市ムーシャン。
その中でもリューリュー山に一番近いのが、この集会所だ。
この集会所を訪れたのが、三週間ほど前。
フィオリアと共にセニアを出てから、二ヶ月が経った。
道中は、散々と言えば散々。
ほとんど自分の思うように行動できなかった。
途中で何度、フィオリアを置いていこうと思ったことか。
育ちが育ちだけに、長い旅路の生活はさぞしんどかっただろう。
正直なところ、すぐに帰るとかほざいて泣き出すと思っていたのだが、一応人生における大きな選択をした自覚はあるのか、彼女は道中で一度も弱音を吐かなかった。
その気概は認めてもいい。
だがその気概のせいで、こっちは余計に疲れるはめになっている。
一緒に旅をするようになって知ったのだが、彼女は些か我慢強すぎるようだった。
一応は自分も、彼女が生まれ育った環境というのは分かっているわけだ。
別に心を鬼にするつもりはないので、体がしんどいなら素直にそう言えばいい。
それなのにフィオリアときたら、ちょっとの弱音でも自分に怒られると思っているのか、意地でもそういうことを言わないのだ。
おかげでこっちは常に彼女の顔色を窺いながら移動手段の手配をしなくてはならず、気疲れが溜まる一方だった。
……じゃあなんでフィオリアにそう言ってやらなかったんだと訊かれれば、何も言えなくなってしまうのだけど。
とりあえず、この集会所に着いてからはフィオリアも楽になったようなので、今のところはよしとしよう。
どのくらいここに滞在するか分からないのだ。
こんな所でまで無駄に我慢ばかりされたら、いつか絶対にキレる自信がある。
ここまでの旅路を思い返すシュルクは、また一つ溜め息。
この集会所の側にそびえるリューリュー山は、現在は特別な許可を得ている者以外は入れないのだという。
理由は単純。
有毒ガスの濃度が濃くて、安全面の都合から立ち入りを制限するしかないとのこと。
どうしても山に入りたいなら、入山許可を得ている者に同行するか、ガスの濃度が薄まって立ち入り制限が緩和されるのを待つしかないという。
山に入る資格を持った知り合いが都合よくいるはずもなく、制限が緩和されるまでここに滞在することになっているのが現状だ。
長期的な滞在になるのは明らかだったので、セルカたちに交渉を持ちかけ、宿泊代と食事代をチャラにしてもらう代わりに、こうして集会所の手伝いをしているわけである。
「……シュルク君。知り合ってそれなりに長くなってきたし、嫌じゃなければ、ちょっとだけ聞かせてくれないかな。フィオリアちゃんって、君のお相手じゃないの?」
「………………まあ、一応。」
たっぷりの時間をかけ、シュルクは嫌々ながらもその指摘を認める。
すると、そんなシュルクの顔を見たランディアが困ったように眉を下げてしまった。
「何も、そんなに嫌な顔をしなくても…。そんなにフィオリアちゃんのこと嫌いかい?」
「好きか嫌いかで言えば、嫌いです。」
にべもなく、シュルクは断言する。
「……でも、こんなんでも二ヶ月も一緒にいるから、あいつの性格は分かってきたし、あいつなりに頑張ってるんだってことも分かってます。嫌いなりに、認めてはいるつもりですよ。」
セルカと話しているフィオリアを見やり、シュルクはぶっきらぼうにそう告げた。
「……そうかい。じゃあ、僕から一度だけお節介を焼かせてくれないかな?」
穏やかに微笑み、ランディアはシュルクの肩を軽く叩いた。
「もうちょっと、素直におなり。君たちの出会いがどんな複雑なものだったかは分からないけれど、君の気持ちが変わっていくことは悪いことじゃないよ。」
「………っ」
一体、彼がなんのことを言っているのか。
シュルクはそれを敏感に悟る。
彼の言葉は、ここ最近の大きな悩みの核心をど真ん中から射抜いていた。
「……本当に、余計なお節介ですよ。」
「まあまあ、そう言わずに。」
半目で睨んできたシュルクに、ランディアはくすくすと笑い声を漏らした。
それにまた溜め息をついていると、ふと近くに人が立つ気配が。
無意識にそちらへと目をやれば、フィオリアがカウンターに置かれた飾りに触れて、感嘆の息を吐いているところだった。
手のひら大ほどのそれは、この集会所に置かれている共鳴鈴だ。
何をそんなに気に入ったのかは知らないが、彼女はふとした拍子にあれに触れては、ほっこりと表情をほころばせている。
確かに、綺麗なデザインと色彩であることは認めよう。
だが自分としては、あれが蝶をモチーフにしている時点で色々と気に食わない。
やっぱり、価値観が合うとは到底思えないのだけど……
苦い気持ちでそんなことを考えていると、こちらの視線に気付いたフィオリアが顔を向けてきた。
「おはよう。」
「……………………おはよ。」
露骨に挨拶を返すのを渋ったシュルクだったが、フィオリアはその返事を聞いただけで嬉しそうな顔をする。
「いつも早くから仕事任せてごめんね? 何か、手伝うことある?」
「………」
可愛らしく小首を傾げるフィオリアを、シュルクはじっと見つめる。
セルカたちと楽しげにおしゃべりをしていた時も、今こうやって目を合わせている時も、彼女からは以前のような気弱で自分を責めるような雰囲気は感じられない。
きっかけさえあれば、人はあっという間に変わっていくものだとは言うものの……
―――非常に気に食わない。
「ランディアさーん!」
集会所のドアが慌ただしく開いたのは、その時のことだった。
「シュルク君を貸してください!! もう手が回らなくて!!」
飛び込んできた彼は、ここから二十分ほど離れた場所にある集会所の通訳だ。
ランディアたちの手伝いを始めると、ここに全ヵ国語に対応できる通訳がいることは光の速さで町中に広がっていった。
ついでに、自分がリューリュー山に入れるまではここを離れないということも一緒に伝わったので、今ではこの有り様だ。
もう慣れたことなので、シュルクは無言で椅子から飛び降りた。
「シュルク君、重ね重ね悪いねー。」
「いや別に。仕事に見合った報酬はもらってるんで。」
飛び込んできた男性に合流するため、シュルクが歩き出すと……
「あ、あの!」
すれ違い様に、フィオリアが腕を掴んできた。
「いってらっしゃい。……気をつけて、ね?」
軽く頬を染めて、フィオリアはそう言ってきた。
「………」
シュルクはしばし無言でフィオリアを見つめ、きょとんとした顔でこちらを見上げてくる彼女の額を思い切り弾いた。
「いった……」
「不愉快。」
ぴしゃりと一言だけ叩きつけ、シュルクはフィオリアの腕を邪険にされたと思われない程度の力で振り払った。
「こら、シュルクちゃん!!」
後ろからセルカが何かを言ってくるが、聞かなかったことにしよう。
「あーあ。言ったそばから、あの子は……」
颯爽と集会所を出ていってしまったシュルクに、ランディアはまた苦笑を呈するのだった。




