滞在先での一幕
「あら。フィオリアちゃん、おはよう。よく眠れた?」
「はい! おかげさまで。今日もお手伝い、頑張りますね。」
フィオリアが元気よく笑ってそう答えると、この集会所を取り仕切っているセルカは目尻のしわを深めた。
「ふふ、頼もしいわね。でも、あんまり気張らなくて大丈夫よ。一応、あなたたちもお客さんなんだから。」
「それにしては、随分と長居しちゃってますけどね。」
「いやぁねぇ。こっちは大助かりだもの。なんなら、二人まとめてお迎えしたいくらいだわ。シュルクちゃーん、フィオリアちゃん起きたわよー。」
セルカに言われ、シュルクが目だけをそちらに向ける。
だがシュルクは特に何を言うわけでもなく、すぐに机の資料に視線を戻してペンを走らせ始めた。
「あらまあ、せっかく声をかけてあげたっていうのに…。あの子、最初っからあんなに仕事人間だったの?」
「さあ…。でも、仕事ができるのは確実みたいですよ。地元での評判は、とてもよくて。」
「なんだか、もったいないねぇ。せっかく綺麗な顔してるんだから、もっと笑えばいいのに。」
「あはは……」
………余計なお世話だ。
シュルクは、むすっと顔をしかめる。
どうせ、わざと聞こえるように言ってるのだろう。
こういうお節介は、ひたすら聞き流すに限る。
「あーあ。またセルカのシュルク君いじりが始まった。本当に、随分気に入られたもんだね。」
シュルクが座るカウンター席の向かいにいたランディアが、苦笑混じりに呟く。
「でもま、もうちょい笑った方がいいってのは、僕も思うよ。」
「そう簡単に笑えるようなら、苦労しませんよ。」
「笑う自分が嫌なの?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……まあ、色々と……」
シュルクは言葉を濁して、視線を逸らした。
まさか、不用意に感情を乱すと霊子が寄ってくる体質なのだと言えるはずもなく。
「そう…。訳ありっぽそうだから、僕からはこれ以上突っつくことはしないよ。」
シュルクの無言からすぐに空気を読んだランディアが、そう言って肩をすくめた。
「ランディアさんのそういう思慮深いところ、本気で尊敬できますよ。」
「ありがとう。職業柄、相手との距離感はきっちり考えないとね。」
「うちのとこのへっぽこ親父に、ぜひとも爪の垢を煎じて飲ませたいですね。……はい、翻訳終わりましたよ。」
シュルクはペンを走らせていた手を止め、できあがった資料をランディアへと手渡した。
「相変わらず、仕事が早いねぇ。手間ばっかりかけてごめんよ。ペチカやナナリアに対応できる人って、本当に少なくて。向こうも集会所に貼り出す通知書くらい、全ヵ国語で出してくれりゃあいいのに。」
「まあ、西側の言葉はちょっとややこしいですからね。通訳がみんな筆記にも強いとは限らないし、向こうも人手が足りないんじゃないですか?」
「んー…」
「あれ…」
たまたま別の紙をめくっていたシュルクは、軽く目を見開く。
「ランディアさん。ここのティーン訳なんだけど、最近はもうこの表現は使わないから、若い人には伝わりづらいかも。」
「えっ!? そうなのかい!?」
「ええ。とりあえず、直しときますね。うちでも若手の通訳が昔の表現を知らないせいで、お客さんと話が噛み合わなくなることがよくありますよ。仕方ないと言えば、仕方ないですよね。」
「君も十分に若手だけどね……」
ランディアは空笑い。
「さすがは、ご両親が全ヵ国語マスターなだけあるね。そういえば、フィオリアちゃんも全ヵ国語しゃべれるみたいだけど、彼女もそういったタイプ?」
「ああ、あいつは……えっと……そんなとこ、かな?」
完全に油断していたところにフィオリアの話を持ち出され、シュルクは思わず顔をひきつらせてしまった。
危ない危ない。
つい流れで、フィオリアが王族であることを話してしまうところだった。
こんな場所に一国の姫様がいるなんて知られたら、とんだ大騒ぎになってしまう。
喉元まで出かけた言葉をどうにか飲み下し、シュルクはそっと息をついた。




