新しい生活
「―――っ!!」
無我夢中でベッドから飛び起きる。
辺りに広がるのは、さっきまでとは正反対の明るくて暖かな世界。
「夢…」
ぽつりと零れたその声は、外で鳴く鳥の声にすら負けそうなほどにかすれていた。
自分が身を横たえていたのは、今までのように柔らかいベッドじゃなかった。
ベッドが置かれた部屋も、今までみたいに広くて豪華じゃない。
そうだ。
自分は、あそこを出たんだ。
仕方ないと受け入れていたあの場所と自分の運命から、シュルクの手を借りて飛び出したんだ。
『―――そんなの、許さない。』
脳裏で夢の言葉が生々しくよみがえって、フィオリアは思わず自分の体を抱き締めた。
嫌だ。
一人でいたくない。
怖くて心が押し潰されてしまいそうになる。
そんな恐怖に突き動かされ、フィオリアは急くような動作で身支度を整えた。
簡素な木製のドアを開くと、下の階から談笑の声と料理のいい香りが漂ってくる。
一人じゃない。
そう感じられて、無意識に強張っていた体から力が抜けた。
そわそわと落ち着きのない様子で階段を降り、フィオリアは下の部屋へと続くドアを少しだけ開けて、その隙間から中の様子を窺った。
朝ながらも、多くの人で賑わう食堂。
その中に心のどこかで求めた姿を見つけて、温かいような、恥ずかしいような気持ちが胸に込み上げてくる。
淡いエメラルドグリーンの髪は彼が動く度にさらさらと揺れて、透き通るような翡翠色の双眸は、静かに資料の文字を追っている。
時おり彼の周辺にキラキラとした光が舞うけども、彼は周囲に疑われないような自然な仕草でそれを振り払っていた。
ああ。
自分は、本当に彼と一緒にいるんだ。
毎朝のことながら、いつもこの瞬間は現実を信じられなくなってしまう。
夢みたいだけど、これは紛れもない現実。
フィオリアは、仄かに頬を染めてはにかんだ。
表面上の言葉や態度こそ冷たいけど、彼が本当はとても優しい人だと、自分はよく知っている。
旅に出て二ヶ月あまり。
彼は決して急ぎはせず、いつもこちらのペースに合わせて行動してくれていた。
城とは違いすぎる生活に何度か音を上げそうになったけど、それでもここまで来られたのは、彼の気遣いがあったからこそだ。
『今無理して後になって倒れられたら、そっちの方が迷惑。』
彼はそんなことを言って、そっぽを向いてしまうけど……
大事にしてもらっている。
それだけは、どうしようもなく伝わってくるのだ。
「………」
フィオリアはそっと、自分の胸に手をあてる。
彼が好き。
日が経つごとに募っていくこの気持ちが、切なくて苦しくて、それでも手離し難いほどに甘くて。
『お前はこれから、永遠に一人きり。お前の運命の相手も、お前が少しでも愛した相手も、みんなみんな死んでしまえ。お前に寄り添おうとする奴らはみんな、お前を残して死んでいく。』
心の底にこびりついた呪いの言葉が、温かくなっていた胸中に氷の塊を放り込んでくる。
……やっぱり怖い。
自分が彼を愛してしまうほどに彼が死へ近付いてしまうのだとしたら、自分のこの想いは彼にとっての毒に他ならない。
でももう、彼を知らなかった頃には戻れないから……
「切り替え、切り替え!」
自分の頬を張るフィオリア。
もう決めたのだ。
過去に囚われずに、これまでとは違う未来を掴みに行くと。
だから大丈夫。
これくらいの恐怖なんて、我慢できる。
何度も自分に言い聞かせ、フィオリアはドアノブを強く握った。




