旅立ち
その翌日、ローザの宿から出立する準備が整ったのは昼を過ぎた頃だった。
ザキとウィールには両親へ向けた手紙を託し、朝方の内に別れを告げた。
どうせなら旅を楽しむつもりだという本音を伝えると、二人は呆気に取られたように間抜けな顔をして、次に腹を抱えて笑った。
最終的にはそうやって笑顔で別れることができたのだから、きっと互いに、これ以上は余計な心労を抱えることはないだろう。
こっちはようやく得られた自由を謳歌する気満々なのだから、町の皆にも気楽に待っていてもらいたい。
ザキたちにそう伝え、両親への手紙にもそう綴った。
無茶苦茶な注文だとは思うが、これまで自分を根気強く支えてくれた皆なら分かってくれるような気がする。
そんな感じでザキたちを見送った後は、セニアにある集会所や案内所を一通り回った。
フィオリアから聞いた詩についての情報を集めるためだ。
どうやら、あの詩はその道に精通している者の中でもマイナーらしい。
古書を取り扱っている店に行って調べもしたが、詩ができたのがいつなのか、作者は誰なのか、その手の情報は一切残っていないようだった。
そもそも詩自体がそこまで有名なものではないので、詩が記載されている文献自体が少ないのだそうだ。
いつ作られたかは分からず、ほとんど口伝でしか残っていない詩。
フィオリアはよくこの詩に出会えたものだ。
調べれば調べるほど、彼女がこの詩に巡り会えたのが奇跡的な確率だったのだと知る。
この詩のルーツが分かるなら一気に呪いの根幹にまで近付けるかもしれないと思ったのだが、現実はそう甘くはないらしい。
だが、有力な情報が皆無だったというわけでもない。
詩の二節目にある〝二つ、紅蓮の頂に伸びる赤回廊〟。
この表現が、ティーン国、ロアヌ国、ガガール国の三国の境に存在するリューリュー山のことなのではないか、という情報が手に入った。
有毒ガスが満ちている場所が多くて危険なので、普段は資格を持っている者しか立ち入ることができないが、死の危険と引き換えに見られる景色は、この世のものとは思えないほどの美しさらしい。
そこで採掘されるライトマイトという鉱石が富裕層のごく一部で高額取引されているという話もあり、冒険家の中では一度は足を踏み入れてみたい秘境として有名なのだそうだ。
何人からも同じ話を聞いたので、この情報の信憑性は高いと見て間違いないだろう。
もちろんリューリュー山に運命石があるとは限らないが、ひとまずは行ってみてから考えるとしよう。
目指すのは、ガガール国のムーシャン。
リューリュー山に一番近い町だ。
「ローザさん、お世話になりました。」
旅支度を整えたシュルクは、食堂のカウンター裏で掃除に勤しんでいたローザに声をかけた。
「おや、もう行くのかい? もう少しゆっくりしていってもいいのに。」
「いや…。あんまりここにいて、セニアの人たちに迷惑をかけたくはないから。」
とんだ災難とはいえ、自分が追われている身なのは変わらない。
城の捜索がセニアまで追いつくよりも先に、さっさとムーシャンに向けて出発した方がいいだろう。
「そう……だね。」
ローザは少しだけ悲しそうに微笑んだ。
こちらの事情を知っている手前、みなまで言わなくてもこちらが何を危惧しているのかは分かったらしい。
だが、彼女はすぐに表情を明るいものにすると、ひょいとカウンターの下へとしゃがんだ。
「じゃ、これは私からの餞別だよ。」
ローザが取り出したのは、パンや保存食が入った袋だ。
「長い旅にはささやかすぎるけど、これで三日くらいは繋げるでしょ?」
「三…日?」
中身を確認し、シュルクは二度三度とまばたきを繰り返す。
「なんか、多くないですか?」
どう見ても量が多いのだ。
三日どころか、一週間くらいは食べ物に困らないと思う。
「ふふ。食べ盛りかと思って、サービスよ。」
「それにしたって―――」
「いいから! 他人からの厚意は、ありがたく受け取っておきなさい。」
ローザは笑う。
まあ、少し荷物は重くなるが、食料はあって困ることはない。
遠慮なく食料をもらうことにして、シュルクは宿を出た。
人々で賑わう道路を見やり、ふと息をつく。
(あいつは、どんな道を選んだんだろうな……)
脳裏に、フィオリアの姿が揺れた。
意外なことに、自分やザキたちが起きた頃には、彼女はもう宿にいなかった。
ローザも、彼女の行方は知らないとのことだ。
きっと、彼女は彼女なりの選択を下したのだろう。
その選択の結果、自分たちと顔を合わせるべきではないと判断したのなら、それもまた一つの道だ。
「さて、行くか。」
情報集めの際に知り合った人がちょうど隣町まで荷物を運ぶということで、ついでに運んでもらう話を通してある。
もうそろそろ、出発の時間のはずだ。
荷物を背負って、シュルクは歩き出す。
「待って!!」
その声は、人々の喧騒を貫く勢いで響いた。




