お前は、おれたちの誇りだ。
「よく覚えておけ。」
そう言ったザキは手を伸ばすと、ぽんと優しくシュルクの頭をなでた。
それは記憶している限りでは初めての行為で、シュルクは思わず目を丸くしてしまう。
「お前のこれまでの生きる姿勢は、確実にエトアールたちやおれたちを救ってきた。誰のことを責めるでもなく、まっすぐに自分と向き合うお前は、おれたちの誇りだ。」
ザキはシュルクの目を真正面から見つめ、真摯に語りかけた。
「でも、だからこそ心配でもある。昔からお前は、負けん気が強すぎる。おれたちのためにいつも一人で頑張って、それを全部こなしちまう。お前のことが気に入らない馬鹿者たちの思いどおりになりたくないってのは分かるが、もう少し誰かに頼ることを覚えろ。おれたちは誰しも、一人きりでは生きていけないんだ。少し肩の力を抜くことくらいは、自分に許してやれ。」
「先生……」
「まあ、お前が頼る隙もないくらいに、お前にべったり甘えまくってたグレーとルルンは、こってり絞っておいたがな。」
「ぶっ…」
感動していたのに台無しだ。
ザキとウィールに睨まれ、ひーひー言いながら正座で説教を受ける二人の姿が目に浮かぶ。
「あっははは! 見たかったな、それ。絶対一緒になって遊んだのに。」
我慢できずに、声を出して笑う。
すると、自分の周囲にキラキラと光るものが舞った。
「おっと。」
もう慣れたことなので、すぐに気持ちを落ち着ける。
「本当に、難儀な体質だな。」
集まりかけた霊子を払うシュルクに、ザキが途端に表情を曇らせてしまった。
そんなザキに対し、シュルクは微笑みを浮かべて首を振る。
「大丈夫だって。どうにかこうにか、折り合いをつけてくよ。自分とも、これからのことともさ。」
チャパルシアに行く、とは言えなかった。
ザキも言っていたが、チャパルシアに逃げることは最善の選択ではない。
自分だって、進んでザキたちと別れたくはないのだ。
それに、そんなところに逃げたとしても、根本的な解決には至らないだろう。
だって、自分に用意されている結末は……
そこに思い至った瞬間、表情が崩れかけた。
だめだ。
自分にそう言い聞かせ、自分の内に渦巻くものが漏れ出さないように努める。
きっと、ザキたちはこのことに気付いていない。
ならば、それでいい。
彼らにこれ以上の心労をかけたくはない。
だから、ここでは秘めておくのだ。
「そうか……」
こちらの表情の変化に気付いた素振りもなく、ザキは静かに頷いた。
それにほっと安堵していると、彼の口から次の問いが投げられる。
「ところで、姫様のことはどうするつもりだ?」
さすがにこれはごまかせず、途端に頬が引きつってしまった。
「それは……特に、考えてない……」
嘘のつきようがないので、シュルクは思い切り顔をしかめてそう答えた。
「やっぱり、対の相手とはいえ受け入れられないか。」
もしかすると、ある程度は想定済みだったのかもしれない。
ザキの口調に、こちらを責めるような雰囲気はなかった。
出会いが出会いなだけに、受け入れられなくても仕方ない。
きっと、そう思われているのだろう。
―――本音は、ちょっと違うのだけど。
「別に、受け入れられないってわけじゃなくて……」
悩ましげに唸るシュルク。
「俺はあいつに何かを強要できる立場じゃないから、何もできないんだよな。一緒にいなきゃいけないってわけじゃないし、あいつはあいつで、自由にしていいんじゃないかって思う。」
「恨んだりはしていないのか?」
相当驚いたのだろう。
そう訊ねるザキは、ポカンと間の抜けた顔をしていた。
「あいつにもそんなことを訊かれたんだけど、別にあいつに殺されかけたわけじゃないしな……」
シュルクは戸惑う。
ザキにまでそんな顔をされたら、まるで変わっているのは自分の方だと言われているようではないか。
「まあ、性格は清々しいくらいに合わないんだけどさ。それでも、あいつにはあいつなりの悩みや迷いがあって、あんなんでもあいつなりにもがいてるって分かったから。とりあえず、許容範囲内って感じかな。そうじゃなきゃ、とっくのとうに小屋から追い出してたよ。」
別に、情にほだされたわけじゃない。
彼女のことを受け入れたわけでもない。
好きか嫌いかで問われれば、嫌いな方だ。
でも、彼女のことを否定するつもりはない。
生まれ持ったものとの向き合い方は様々だ。
自分に自分の正解があるように、彼女には彼女の正解があるだろう。
自分のことなど気にせずに、彼女は彼女のやり方でその正解を掴めばいい。
自分はそれを手伝おうと思うほどお人好しじゃないし、助けてと言われたところで、必ずしも助けるとは限らないけど。
素直な気持ちを話すと、ザキはぱちくりと目をしばたたかせ、そして次にゆっくりとその表情を和らげた。
「損な奴だな、お前は。」
何故かそんなことを言われてしまい、シュルクは不可解そうに眉を寄せた。
自分は何か、変なことを言っただろうか。
そんなことを思ったが、そう問うよりも前にザキが懐から何かを取り出した。
差し出されたそれは、白い封筒だ。
「エトアールたちからだ。失礼だが、先に中を読ませてもらった。お前の気持ち次第では渡さないつもりだったが、どうやら渡しても問題なさそうだ。」
その言葉に思わず苦笑しながら、シュルクはザキから封筒を受け取った。
自分とも他人とも正面から向き合えが持論のザキが躊躇うなんて、一体この手紙には何が綴られていることやら。
中身を取り出すと、ざっと三枚以上の紙に亘って文字がびっしりと並んでいた。
今生の別れでもあるまいに。
そう思いはしたものの、自分がチャパルシアに行くことを念頭に置いてこの手紙を書いたのだとしたら、本当はこれでも足りなかっただろうことは想像に難くなかった。
シュルクは微笑んで、紙面に目を落とす。
そして、その一文字一文字を噛み締めるように、両親からの言葉をゆっくりとなぞった。




