再戦
「シュルク、無事!?」
「親父さん! ルルン!」
思ってもみなかった助っ人に、シュルクは瞠目した。
対岸から飛んできたグレーがシュルクたちとリリアたちの間に陣取り、ルルンがシュルクの傍に降り立つ。
「シュルク、無事でよかった! 生きてた! 心配したぁ!!」
「いってえ!! 勝手に殺すな、アホ!!」
感極まった様子のルルンに全力で抱きつかれ、シュルクはたまらず大声で叫ぶ。
「ルルン! 感動の再会は、逃げ切った後にしてくれ!」
「まったくだよ、もう!」
グレーの苦笑を滲ませた言葉に全力で同意し、シュルクは抱きついてきていたルルンの頭を強く引き寄せた。
次にルルンの耳元に口を寄せて、そっと息を吹き込む。
「!!」
大きく目を見開くルルン。
彼女はバッと体を離してこちらを訝しげに見つめたが、その瞳にはすでにこちらの意図を理解した光があった。
無言のままルルンと視線を合わせ、どちらからともなく頷き合う。
「親父さん!」
シュルクは大声を張った。
「ルルンとこいつを連れて、先に逃げといてくれない?」
言いながら、首のチョーカーに手をかけてそれを取る。
「ああっ!?」
案の定、グレーが声を裏返した。
「どういうことだ、シュルク!!」
「ここで全員やられちゃ、意味ないだろ! 戦力外を先に逃がしてきてって言ってんの!!」
「ひっどい言いよう!!」
ルルンが不満げに唇を尖らす。
「文句言ってねぇで、お前はこいつを連れて先に行く!!」
「うう…」
ルルンは悔しげに唇を噛みながらも、フィオリアの手を握ると、湖の対岸に向かって二人で飛んでいった。
「親父さん、早くついてって!」
「で、でもだな―――」
「早く!!」
いつものように鋭い怒号を飛ばすと、条件反射なのか、グレーは大慌てでルルンたちを追いかけていった。
「まったく。あなたは、何を企んでいるんです?」
遠ざかるグレーを横目に見送っていると、リリアを後ろに下げたヨルが槍を片手に一歩踏み出してきた。
「確かに、足を引っ張りそうな女性を先に逃がすのは正しいと思いますが……その代わりに、あなたは絶対に逃げられませんよ。」
「そうかもな。でも、さっきのやり取りでお前に俺を殺すことはできないって分かったし、だったらここに残るべきなのは俺だろ?」
ヨルを対峙しながら、シュルクは表面上だけは余裕そうな笑みを浮かべる。
殺すつもりだったなら、ヨルは自分の背後を取った時にわざわざ声などかけなかったはずだ。
自分を殺すのは、あくまでもリリアの仕事。
そして、フィオリアが見ている前で自分を殺すことがリリアの望みなら、先にフィオリアを逃がしてしまえば自分がここで殺されることはない。
これで、実質的な命の危機は回避できたはず。
ここからは、半分賭けになる。
(霊子凝集、詠唱開始……)
声には出さず、呪文をなぞる。
(召喚、第一霊神……)
選んだのは、あえての第一霊神。
ザワザワザワッ
霊子が大きくざわめき出し、それでようやく異変を察知したヨルたちが臨戦態勢を整える。
だが、もう遅い。
(―――出でよ《地重の支え人 ブロッケン》!)
シュルクはその場を大きく跳躍し、最後の呪文を脳裏で思い描いた。
霊子が驚くべき速さで集まり、そしてあっという間に許容量を大きくオーバーする。
地響きが空洞内を襲い、次の瞬間―――
「ぐっ…」
地面を離れていた自分以外の人々が、呻き声をあげて地面に手をついた。
中には己の体を支えることができずに、完全に地に這いつくばっている者も。
そんな彼らには一切も目もくれず、シュルクは颯爽とその場を逃げ出した。
「シュルク、こっち!」
途中で待っていたルルンと合流し、彼女の進む方向についていく。
しばらく行くと、向かう先に外に繋がる光が見えた。
「シュルク!!」
外に出た瞬間、自分を出迎えてくるいくつもの声。
見ると、そこにはフィオリアやグレーだけではなく、ザキやウィールまでもがいた。
「あいつらは?」
ザキが油断ならない口調で訊いてくる。
「ブロッケンの過剰効果で、地面に張りついてるとこ。しばらくは動けないと思う。」
「なるほど、そういうことか!」
説明すると、ザキではなくグレーの方が納得したように手を叩いた。
「だから、大丈夫って言ったじゃない。もう、パパったら。」
憤然としてグレーを見やるルルンと顔を合わせ、シュルクはようやく安堵の息を漏らして微笑んだ。
『わざと霊神を暴走させるから、地面に触れないようにして逃げろ。』
あの時、ルルンの耳元で囁いた言葉だ。
ヨルたちに向けて召喚したブロッケンは、本来なら重力を少し強めて体を支えるくらいの効果しか持たない。
しかし、自分がブロッケンを召喚してしまうと、呼びかけに応えようとする霊子が多すぎるせいで霊神の力が暴走し、地面に縫い止められて動けなくなってしまうのである。
これが、自分の特異体質がもたらす霊神の過剰効果。
第一霊神の力でも第四霊神相当の力を発揮してしまう上に、一度暴走した霊神の力は自分でも操作できない。
効力が消えるには集まりすぎた霊子が自然に拡散していくのを待つしかないので、ブロッケンに囚われたヨルたちは、少なくとも一時間くらいはあの場から動けないだろう。
ブロッケンを使って、ヨルたちを足止めする。
そのことは最初から頭にあった計算。
そこで生じた賭けは、自分の体質に関するものだった。
恵み子は、呪文の詠唱なしに霊神の召喚ができたという。
一般的に霊神召喚は、呪文を声に出して霊子を呼ぶことに意味がある。
だが、呪文を悠長に詠唱していては、国随一の霊神使いであるヨルに妨害されてしまう。
だから、伝わっている伝承に賭けた。
完全に呪文の詠唱を省くことは怖くてできなかったが、一般的に必須と言われている呪文を声に出すことだけでも省けるなら、この場を乗り切るのは容易いはずだ。
さすがに何度も同じ手が通用するとは思えないが、ひとまずはあの窮地を乗り越えられただけで十分だ。
「状況は分かった。なら、一刻も早く山を下りるぞ。エトアールの伝手で、アリシアに荷馬車を手配してある。それに乗り込んで、ここから三つ離れた町のセニアに向かう。」
「え…」
ザキの言葉に、不覚にもシュルクは驚いてしまった。
「……父さんが?」
エトアール―――父の名を、ここで聞くことになろうとは。
「馬鹿者。エトアールとクレアが、どれだけ心配していると思ってるんだ。今だって見張りをつけて、無理やり大人しくさせてることなんだぞ。」
ザキは呆れたような口調で言い、次に大きな手でシュルクの髪を掻き回した。
「今は、逃げることだけを考えろ。エトアールの協力を、無駄にしたくないだろ。」
「……うん。」
シュルクは頷き、ザキたちと共に山を下り始めた。
ザキが任せた見張りがついているということは、両親の安全は保障されているも同然だ。
ずっと胸につっかえていた不安が和らいで、今度こそ本当にほっと安心することができた。
それでも―――
ざわり、と。
シュルクの胸の中には、もう一つの疑念が渦巻いていた。




