女王の動揺
「―――本当に、あなた方は悠長ですね。」
聞くのが久しい声。
しかし、この場においては最も聞きたくない声。
それが、空洞内に響いた。
「!?」
「おっと、動かないでください。」
とっさに動こうとした瞬間、首筋に鋭い痛みが走る。
まばたき一つの間に突きつけられた、冷たい感触。
それが刃物であることを察するのは、簡単なことだった。
「あなたに暴れられると困るんですよ。色んな意味で、ね。」
たくさんの人々が駆けつけてくる音と、人々が持つ篝火で明るく照らされる空間内。
ゆらゆらと揺れる灯りに照らされながら、槍を構えたヨルは冷たい目でシュルクを見下ろしていた。
「………っ」
シュルクは険しい表情でヨルを睨み、さりげなくフィオリアを自分の背後にかばう。
「あらあら、随分と仲良くなったのね。」
ヨルの背後から聞こえた別の声。
それに、フィオリアが大きく肩を震わせたのが分かった。
「捜すのに苦労したわよ? 一度は、城の捜索隊を振り切ってみせたそうじゃない。可愛い坊やだと、甘く見ていたわ。」
ヨルの隣に立ったリリアは、妖しい笑みを浮かべた。
これは、本格的にまずい状況だ。
少しでも動けるならいくらでも機転は利くが、ヨルの警戒には隙がない。
抵抗する素振りを見せようものなら、殺されるまではしなくとも、腕くらいは切り落とされるかもしれない。
それほどまでの凄みと殺気が、彼にはあった。
「シュルク……」
フィオリアが、泣きそうな声で名を呼んでくる。
背中にしがみつくフィオリアに、シュルクは何も答えることができなかった。
生憎と、こっちはこっちで背水の陣である。
彼女の不安を取り去ってやる余裕はない。
「ふーん。なるほどね……」
シュルクたちの様子を窺っていたリリアが、くすりと笑みを深める。
「あなた、結構無理をしてるんじゃない?」
「………」
「そうよね。あなたにとっては、とんでもない迷惑だものねぇ?」
「………っ」
こらえようと思ったのに、無意識に体が震えた。
それは、リリアの指摘に否と言えない自分がいる証拠。
「うふふ、正直な子って好きよ。可愛い子。」
甘い声で囁き、リリアはシュルクの前に腰を折る。
もったいぶるように、ゆっくりと伸ばされた細い手。
それがトリガーになって、脳裏に記憶がひらめく。
狂気的な笑みをたたえ、ナイフを手に迫ってくるリリアの姿。
そして、血にまみれた自分の姿。
「―――っ」
リリアの手を薙ぎ払っていたのは、無意識での行為だった。
その拍子に、自分の右手が彼女の手に触れる。
「!!」
リリアとシュルクは、大きく目を見開いた。
「あなた……何を持っているの?」
弾かれた手を押さえることもせず、リリアは茫然とした様子でシュルクに問いかける。
(なんだ…?)
シュルクは右手を見下ろす。
右手が―――右手の中のものが、熱を持って震えている。
リリアがあんな顔をするということは、彼女もこの欠片に何か感じるものがあるのだろう。
静かに手を開くと、欠片が先ほどよりも明るい光を放っていた。
それを見たリリアが、ハッと息を飲む。
「それ……わ、渡しなさい!」
「!?」
血相を変えたリリアがシュルクに飛びかかろうとし、それに驚いたヨルの槍がぶれてシュルクの首から離れる。
これはチャンスだ。
シュルクは一瞬で思考を切り替え、背後のフィオリアを抱いて地面を転がった。
「あなた、一体それをどこで!?」
「リリア様、落ち着いてください!!」
すっかり取り乱した様子のリリアを、ヨルが槍を捨てて止めに入った。
「ヨル!」
「ご無礼をお許しください。ですが、今は時間がありません! 急がないと、邪魔者が―――」
「おーおー。邪魔者ってのは、オレたちのことかい?」
聞き馴染んだ声が響いたのと同時に、湖の対岸方向で大きな爆発音が轟いた。




