呼び声
歩いてみると改めて感じるが、この洞窟は相当広い。
どこかに水があるのか、水が流れる音や上から水が滴るような音が微かに聞こえてくる。
水音は幾重にも反響し、それがこの洞窟の広さを物語っていた。
「ねえ…」
行き止まりを見つけて位置関係を整理していたシュルクに、フィオリアが控えめに呼びかけた。
「んー?」
念入りに記憶をすり込んでいるシュルクは生返事。
「あそこ、なんか光ってない?」
「ふーん……ん?」
一度流しかけたシュルクだったが、すぐに意識をフィオリアの方へと引き戻した。
「どこ?」
「あっちの方。」
フィオリアが指差す方向に目を凝らす。
確かにフィオリアの言うとおり、かなり遠くの方にぼんやりとした光があるように見える。
「別の出口があるのかな…。行ってみるか。」
どこかに抜けられるなら好都合だ。
追っ手の目を欺ける時間を、さらに長く確保できそうだ。
一旦洞窟の探索は置いておき、シュルクたちはまっすぐに光を目指すことにした。
歩くにつれ、徐々に水の音が近くなっていく。
それと共に光もはっきりとしてきて、どうやらそれが外に繋がる出口からの光ではないらしいことに気付いた。
歩いて、歩いて―――その先に現れたのは、ぽっかりと空いた広い空洞。
「わあ…」
フィオリアが感嘆の息をつく。
シュルクもその光景に、思わず足を止めていた。
別の場所から流れてきた水が溜まり、そこに大きな湖を作っていた。
目を瞠るほどに美しい碧。
それが、ずっと奥まで続いている。
さらに不思議なことに、光の原因はこの湖のようだった。
湖の底で何かが光っているらしく、その光が湖全体とこの空間を仄かに照らしているのだ。
「漆黒に揺蕩う碧の底……」
フィオリアが、ぽつりと呟いた。
「私が好きな詩に、そんなフレーズがあるの。ここにピッタリだなって思って。本当に、こんな場所があるんだ……」
「ふーん……」
シュルクは湖の縁に腰を下ろした。
次に、そっと水の中に手を入れてみる。
水は、体の芯に染み込むほどに冷たい。
だが、不思議と水に浸っているのは心地よくて、なんだかほっとして気が抜ける。
その瞬間、水に浸かっている手にまぶしいくらいの光が集まってきた。
「!!」
思わずフィオリアと顔を見合わせてしまった。
「すごいな……」
これは驚いた。
この湖には、相当な量の霊子が溶け込んでいるらしい。
さっきから霊子を寄せないように意識しているのだが、それでもこんなに霊子が集まってくるなんて。
―――――こっち……
「………?」
シュルクは首を傾げた。
最初は、フィオリアが何かを言ったのだと思った。
―――――こっちだよ。
違う。
フィオリアの声じゃない。
そもそも、これは声ですらない。
―――――呼んでる。
音はないのに、何故かそんなことを訴えられているように感じる。
―――――戻りたがってる。
これは……何?
―――――迎えに行ってあげて。ここから出してあげて。
どうしようもなく流れ込んでくる心が痛い。
「シュルク!?」
フィオリアが悲鳴をあげる。
無理もない。
ずっと黙り込んでいたシュルクが、まるで倒れるようにして水の中に飛び込んでいったのだ。
フィオリアの叫び声は、すでに水中にいるシュルクには届かなかった。
不思議な何かに導かれ、シュルクは湖の底へ―――光の根源へと沈んでいく。
息苦しさも冷たさも感じなかった。
まるで感覚が失せた夢の中にいるような心地で、水の中を進む。
深い水の底。
そこで光を放っていたのは、思ったより小さなものだった。
シュルクはゆっくりと手を伸ばす。
そして、それにそっと触れた。




