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Fairy song  作者: 時雨青葉
第5歩目 欠片
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綺麗な笑顔


「……まだ、何かあんのか?」



 顔は見ないまま、冷たい言葉を投げる。



「これで最後……最後にするから……」



 情けないくらいに震える、フィオリアの手と言葉。

 シュルクは何も言わず、その場で立ち止まって次の言葉を待った。



 どれくらいの時間が経ったのかは分からない。

 ほんの数分かもしれないし、もしかしたら数十分の時が流れていたかもしれない。



 時間の感覚を奪う静寂の末、フィオリアは消え入るような声でこう言ったのだった。



「逃げても……いいの?」



 小さく。

 怯えるように。



「逃げちゃだめだって……逃げられないって、思ってた。でも……逃げていいのかな? 嫌だって、言ってもいいのかな…?」



「そんなの、自分次第だろ。」



 辛辣(しんらつ)に思えるほど、シュルクは迷いなく答えた。



「今まで色んな奴を見てきたけどさ、結局俺たちって、基本的に止まるってことはできないんだと思う。戻るにしろ進むにしろ、生きている限り動き続けるしかないんだ。その中で、逃げるって選択をする時はもちろんあると思う。でも、逃げるイコール戻るってことにはならないんじゃないか?」



「……どういうこと?」



「少なくとも俺は、何かを変えたいって逃げてもがくなら、それは本当の意味での逃げじゃないと思う。本当の逃げっていうのは、進むのも戻るのも放棄した時のことをいうんだ。それをお前が受け入れられるかどうかは、別の話だけどな。」



 自分には、進むことも戻ることもできない。



 自由に町を飛び立っていける周りを(うらや)んで、そんな風に考えたことがあった。



 でも、いざ家の外に出てみて世界が変わった。



 たくさんの人々に出会った。

 たくさんの人々の話を聞いた。



 それぞれにはそれぞれの事情があって、決して皆が幸せじゃないことを知った。

 そんな人の中には、自分の幸せを棚に上げて嘆くだけの人もいた。



 きっと、本当の逃げはああいうことをいうのだ。



 自分を悲劇の主人公にして不幸に酔うことは誰にだってできる。

 それを変えようともせずに動くことをやめてしまえば、人はただ堕ちていくだけなのだ。



 そんなの、戻るとも言わない。

 ただの静止だ。



 これまでずっと自由を奪われてきた分、そういった人々の姿は嫌になるほど脳裏に焼きついた。



 お前には、どこにでも行ける自由があるくせに。

 やろうと思えば、いくらでも現実を変えられるくせに。



 そう叫びたくなる気持ちを、必死に押し込めた。



 こんな風にだけは絶対になりたくない。

 そんな反感が、自分に答えを示している。



 逃げる選択も、諦めて止まることに比べたら何倍もマシだ。

 逃げることを正しい道にするかどうかは、結局自分次第なのだから。



「……そっか。」



 しばらくして、フィオリアがそっと呟いた。

 そして―――





「ふふふ。」





 鼓膜を叩いたのは、今まで聞いたこともなかった声。



 シュルクは思わず、背後を見た。

 うつむいているフィオリアの顔は見えない。



「あなたって、本当に不思議な人。」



 フィオリアは言う。



「いつもあなたは、私に全然なかった言葉をくれるの。優しくないけど、優しい。」



 フィオリアは、ゆっくりと顔を上げた。



「ありがとう、シュルク。」



 そこに広がるのは、今まで色濃く残っていた影を全て取り払った綺麗な笑顔だった。



(……ちゃんと笑えるじゃん。)



 そんなことを思ってしまった。



 なんだか、ようやく自分が伝えたかったことの意味が伝わった気がする。

 そして、初めて本当のフィオリアに触れたような気がした。



「俺は、何もしてない。」



 動揺を表に出さないように、極力平坦な口調で答えてフィオリアに背を向ける。



「そんなことないよ。」

「気のせいだ。」

「なにそれ。」



 フィオリアは面白そうに笑い声をあげた。



 一体、自分の発言の何が彼女を変えたのだろう。

 正直なところ、急激すぎる彼女の変化にこっちがついていけていない。



 首を(ひね)りながら、とりあえずは洞窟の探索を再開するシュルクであった。



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