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Fairy song  作者: 時雨青葉
第5歩目 欠片
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洞窟の中で

 洞窟の中は、想像以上に広かった。



 これなら万が一に見つかることがあったとしても、この入り組んだ道を利用して逃げられるかもしれない。



 当然のリスクとして、逃げまくった自分たちが洞窟から出られるか、ということは考えなければならないが。



「とりあえず、このくらい深くまで来ればいいか。」



 入り口の光が届かなくなるまで洞窟を進んだところで、シュルクはようやく羽を休めて地面に着地した。



「さて…。この後はどうするか…。どうにかして先生たちと連絡が取れればいいけど、期待するだけ無駄だよな。」



「うん……」



「となると、どうにかこうにか、奴らの目をかいくぐって山を下りるしかないか。ウェースティーンは城の直轄地だし、やっぱアリシア方向に逃げるしかないだろうな。」



「うん、その……」



「問題はその後だな。アリシアっつってもティーン領なのに変わりはないから、ちゃんと逃げるなら国境を目指さなきゃいけないし…。そうなるとやっぱ、どこかで先生たちと連絡は取っておきたいとこだけど……」



「あの!」



「ん?」



「そろそろ……下ろして……」



「……あ。」



 そういえば、ずっとフィオリアを抱いたままだった。



「悪い。忘れてた。」



 一言詫びを入れ、シュルクはフィオリアをゆっくりと地面に下ろした。



「ねえ!」



 これで満足かと思いきや、フィオリアはどこか不安そうな声音で腕を掴んでくる。



「……何?」



 周りが暗くてよかった。

 多分、今の自分はものすごく顔をしかめていると思うから。



「大丈夫なの?」

「何が?」

「怪我のこと。」



 ずばり指摘され、シュルクは思わず顔を背けた。



 本当にこのお姫様は、自分にとって都合が悪いことばかり口にしてくれる。



「ねえ、なんで何も言わないの?」

「大丈夫だよ。……大したことない。」

「それって、大丈夫じゃないってことだよね!?」



 極力ひそめられた声でも、フィオリアが焦って顔を青くしている姿がありありと想像できた。



「ちょっと、こっちに来て!」



 フィオリアはシュルクの腕を引き、さらに洞窟の奥へ進む。

 そして、洞窟の入り口から隠れる場所へ回り込むと、そこで立ち止まって息を吸った。



「霊子凝集。詠唱開始。召喚、第一霊神。出でよ《灯火(ともしび)の精霊 ファラ》」



 フィオリアが呪文を詠唱すると、彼女の手のひらに(ほの)かに光る小さな球体が浮かんだ。



 フィオリアはそれを掲げて周囲を照らし、シュルクの背後に回る。



「よかった…。また破れたりはしてないみたいだけど―――」

「いって!」



 なんの予告もなしに羽に触れられ、ずっとこらえていた言葉が口から零れてしまう。

 そんなシュルクの声に、フィオリアが慌てて手を離した。



「ごめんなさい! い、痛いよね…?」

「そう思うなら触るな。」



 今さら隠しようもないので、シュルクは()わった目つきでフィオリアを睨んだ。



 やはり、まだ本調子じゃないのに全速力で飛ぶには無理があったらしい。



 最近はほとんど感じなくなっていた痛みが、盛大にぶり返している。



 (さわ)られることはおろか、先ほどのように腕を掴まれたりするだけで、羽から背中かけてが痛むのだ。



 暗いからごまかせると思っていたのに、フィオリアが余計なことを言ったせいで、我慢が水の泡ではないか。



「ちょうどいいや。お前、しばらくファラの召喚を続けといて。」



 このまま羽の痛みと向き合うのも嫌なので、シュルクはフィオリアにそう指示して、自身はすたすたと洞窟の先を歩き始めた。



「何するの?」

「今のうちに、できるだけこの洞窟の広さと構造を把握しておきたい。」



 端的に理由を述べ、シュルクはしきりに周囲を見回しながら洞窟を進んだ。



 そのうち、この洞窟に城の奴らが来るのは必至。

 そうなった時に、袋小路に追い込まれることだけはなんとしても()けなくてはいけない。



 人の気配や些細な物音に十分な注意を払い、慎重に岩に囲まれた道を行く。

 そうしていると……



「あの……一つ、訊いてもいい?」



 ふと、フィオリアが口を開いた。



「どうして、私を連れて逃げてくれたの?」



 訊ねてくる声は、微かに震えていた。



「あんなにすごいことができるなら、一人で簡単に逃げられたでしょ? 私なんか、足手まといなんじゃないの?」



「見捨ててほしかったのか?」



 一言。



 対するフィオリアは、息をつまらせて黙り込む。



「お前ってさ、何に対しても後ろ向きだよな。」



 シュルクは歩む足を止めて、フィオリアの方を振り向く。



 泣きそうな表情で唇を噛むフィオリア。

 もう何度も見た姿。



 そして―――自分が一番嫌いな姿だ。



「逆に訊くけどさ、お前はなんで俺と一緒にいるわけ? 足手まといだって思うなら、一人でどっかに行くこともできただろ。」



「それは……」



「俺の怪我に責任を感じたから? それは否定しないけど、それだけじゃないだろ。」



 シュルクは、狼狽(うろた)えるフィオリアの目をまっすぐに見つめた。



「―――逃げたかったんじゃないのか? 俺はただ、お前の意志を尊重しただけのつもりだったんだけど?」



 問うと、途端にフィオリアが呆けた表情をする。



 まるで()き物が落ちたかのようなその表情に、シュルクは何度目かも分からない溜め息をついた。



 自分のこととなると、他人の目からは明らかなことでも、当人からは見えなくなってしまうものなのだろうか。



 城から自分を逃がしてくれようとした時。

 自分と一緒に城から逃げると頷いた時。

 こんな運命は嫌だと顔を覆った時。

 城の追っ手から逃げようと走っていた時。



 必死になればなるほど、彼女の全身からは明らかな彼女自身の意志が滲み出ていた。



 逃げ出したい。

 自由になりたい。



 そんな意志が。



 運命を悲観する彼女の中には、運命に抗おうとする心も確かにある。



 そう感じたから、彼女の言動に苛立ちながらも、小屋から追い出すことはしなかったのだ。



「……俺の、買い被りすぎだったか。」



 何も答えないフィオリアに、胸のどこかで落胆に似た気持ちがした。



「俺が余計なお節介を焼いただけなら謝るよ。別にお前に何を期待してるわけでもないし、俺は俺で勝手に動いただけ。お前もお前で、自由に動けよ。」



 これで最後だ。

 もう余計なことはしない。



 自分は自分。

 フィオリアはフィオリアだ。



 今になって気付いたこの気持ちなんて気のせいだ。



 ほんの少し。

 ほんの少しだけ彼女に同情して、親近感が湧いていたなんて……



 そんなこと―――





 きゅ…





 話すこともなくなって先を進もうとしたところで、ふいに袖口(そでぐち)を引かれた。



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