束の間の再会
部屋を出て、少女の声に導かれて城の中を進む。
彼女の言うとおり、城の中は驚くほどに静まり返っていた。
ここに来たばかりの喧騒はどこへ消えてしまったのか。
今は、自分の足音すらも大きく響きそうだ。
「うわっ!?」
五分ほど歩いたところで、急に腕を引かれた。
全く身構えていなかったシュルクは、引っ張られるがまま、暗い部屋の中に引きずり込まれてしまう。
「しっ」
唇に、細い指が当てられる。
シュルクは大きく目を見開いた。
間近からこちらを見上げてくる灰色の双眸。
さらりと流れる白銀色の長い髪。
そして、鈴が鳴るように軽やかな声。
夜中に会った少女の面影が、今目の前にいる少女にぴたりと重なった。
「君は……」
「ごめんなさい。自己紹介をしている暇はないの。とはいっても、名前くらいは知られてると思うけど……」
少女―――フィオリアは一度目を伏せ、すぐに表情を険しくしてシュルクの胸にすがりついた。
「とにかく、早く逃げて。」
「えっと……」
フィオリアの訴えに、シュルクは戸惑うしかない。
そんなシュルクを置いたまま、フィオリアは部屋の隅にある銅像を示した。
「あの像の中が隠し通路になってて、そこから城の外に出られるわ。私はなんとかみんなの目をごまかすから、その間に……」
フィオリアは、銅像の前にシュルクを押し出す。
「ごめんなさい。急なことで何も分からないと思うんだけど、私にはあなたを逃がしてあげることしかできないの。どうか私のことは忘れて……生き延びて。」
そう告げたフィオリアは、悲しげに目元を歪める。
次にシュルクの服の袖をきゅっと握り締めた彼女は、何かを振り切るように首を振って部屋を走り去っていってしまった。
「………」
残されたシュルクは、茫然とフィオリアが消えていったドアを見つめる。
一体、何が何やら……
混乱する頭の奥から、じわじわと複雑な気持ちが湧いてくる。
逃げろと言うなら喜んで逃げよう。
忘れろと言うなら、彼女との出会いを忘れたことにして一人で生きていくのも構わない。
でも……あんなに名残惜しそうな顔をされては、心が揺れるではないか。
「生き延びてって……」
フィオリアの姿と言葉が、頭から離れない。
束の間の再会で、感じ取ってしまった。
―――彼女もまた、自分と同じように運命の相手に出会うことを恐れていたのだと。
運命石の導きが全てを左右するこの世界において、それはとても重要な共通点。
何が彼女にそう思わせるようになったのか。
気にはなったものの、シュルクは両手を握ってその衝動をこらえた。
事情はともかく、せっかくの逃げられるチャンスだ。
これを活かさない手はない。
シュルクはフィオリアが示した銅像の前にしゃがみ、それをまじまじと観察する。
すると、銅像の台座が扉になっていることに気付いた。
台座の装飾に溶け込んでいる取っ手を掴み、それをゆっくりと引いてみる。
「おお…」
中を覗き、シュルクはまばたきを繰り返した。
台座の中は空洞になっていて、地下に続く梯子が暗闇の向こうに伸びている。
明かりがないのが心許ないが、目が慣れれば進めなくはないだろう。
とにかく、城の外にさえ出られれば……
シュルクは進む先を確認するために、台座の中へと身を乗り出す。
この時は、全く気付いていなかった。
フィオリアとの短いやり取り。
それが最初から最後まで、第三者によって聞かれていたことに。
そして、現実はそう甘くなどないのだということに。
「動かないでください。」
唐突に鼓膜を揺らした静かな声。
「―――っ!?」
息を飲んだシュルクは、それ以上の身動きをすることができなかった。
誰かがいるなんて思いもしなかったので、内心は叫び出したい気持ちでいっぱいだった。
それができなかったのは、背後から首筋にピタリと当てがわれた、槍の鋭い切っ先のせい。
「申し訳ありませんが、あなたを帰すわけにはいかないようです。」
「……へ?」
シュルクは大きく目を見開く。
「もしかして……ヨルさん?」
背後から浴びせられる穏やかな声には、聞き覚えがあった。
だが、その問いに答えてもらうことはできなかった。
「霊子凝集。詠唱開始。召喚、第三霊神。」
なんの前触れもなく紡がれた言の葉に驚き、そのせいで反応が遅れてしまった。
「出でよ《睡楽の管理人 スリーフォス》」
目の前に、チカチカと細かい光が明滅する。
まずいと思った時には遅すぎた。
(やば……目の前…が……)
ぐわりと歪んで、ぼやける視界。
唐突に遠退く雑音。
全身から、力が抜けていく。
何が起こったのか理解する間もなく、意識は深い闇の世界へと叩き落とされていった―――




