楽なのはどっち…?
「………」
しばしの間、シュルクはその場に立ち尽くす。
そして―――
「はあぁー…」
盛大な溜め息をついて、椅子に腰を落とした。
ようやく一人になれたことに、緊張の糸がプツリと切れてしまったのだ。
「もう無理……金なんてどうでもいいから、早く帰りたい…っ」
許されるなら、今すぐそこの窓から飛んで逃げ帰っている。
そんな自信があった。
「相手が見つかり次第結婚……かぁ。」
ぼんやりと呟く。
姫が引きこもりたくなる気持ちも分かる。
出会ってすぐに結婚なんて、自分だって願い下げだ。
互いのことを知りもしないうちに夫婦になったって、その後が上手くいくとは思えない。
自分だったら変に意識しすぎて、逆に自然な距離感が分からなくなる気がする。
それなのにそれを強要されるなんて、地位がある立場も大変だ。
「……って、他人事じゃねーよ。」
シュルクは頭を抱える。
考えたくはないが、姫の相手は自分かもしれないのだ。
仮にそうだった場合、結婚させられるのは自分。
暢気に〝金持ちは大変だー〟なんて思っている場合じゃない。
「くそ…」
ぼやく。
こんなにも運命の相手に会いたくないなんて。
ここまで追い込まれれば腹も据わるかと思っていたのに、あまりの往生際の悪さに自分でも少し驚いている。
別に、相手が悪いわけではない。
結局のところ、自分が自分の中の恐怖と向き合いたくないだけなのだ。
もし、彼女のことを好きになれなかったら?
自分はあまり我慢強い性格ではないから、きっとどこかで気持ちを爆発させてしまう。
そうなったら、傷つくのは自分じゃなくて彼女だ。
自分は周りのように運命に憧れを抱くことも、運命石の導きを信じることもできない。
今まで見てきた人々のように、出会った瞬間に固く抱き合うことなんて無理だ。
ならばいっそ、出会わなければいい。
出会った運命の相手に拒絶される苦しみと、運命の相手に出会えない苦しみ。
果たして、楽なのはどっち…?
「………、………」
その時ふと聴覚を刺激した、微かな空気の震え。
いつぞやの出来事を思い起こさせるその現象に、シュルクはがばりと机に伏していた頭を上げた。
「お願い……」
「―――っ!!」
頭に響く声で確信する。
間違いない。
この声は、あの少女のものだ。
「嘘、だろ……」
ここに来ての決定打。
無理だ。
さすがに、もう言い逃れはできない。
「お願い。」
少女の声は、無情に響き続ける。
「お願い―――逃げて!!」
「……へ?」
一際大きく脳内を揺さぶった叫びに、シュルクはきょとんと目をまたたいた。
今、なんと言いました…?
「呆けてる場合じゃないの! とにかく逃げて! 今すぐ!!」
どうやら、向こうにもこちらの声は聞こえているらしい。
「に、逃げてって……」
そりゃあ、逃げてもいいなら全力で逃げるが、ちょっと待ってくれ。
頭が状況についていけない。
「とにかく、その部屋を出て。今ならみんな、大広間か私の部屋の前にいるはずだから。」
「えっと……」
「お願い!!」
「わ、分かりました……」
顔を見ずとも、彼女が焦っていることは分かる。
その気迫に負けて、シュルクは椅子から立ち上がった。




