刻み込む想い
―――ごめん、なんて。
今さらすぎる謝罪で、本当に申し訳ないと思う。
でも、伝えずにはいられなかった。
今まで目を逸らしてきた分、真摯に彼女と向き合いたい。
そのためには、どうしてもこの言葉が必要だと思った。
「お前の言うとおりだ。俺が中途半端だったせいで、お前には相当しんどい思いをさせたな。それは、お前のことを色々と分かってたくせに、お前と向き合おうとしなかった俺が悪い。責めるなら、好きなだけ責めろよ。」
「分かってた……って?」
顔を上げて訊ねてきたフィオリアに、シュルクは意地悪そうに口の端を上げた。
「言っていいのか? 多分、お前が恥ずかしくなるだけだと思うけど。」
「え……ええっ!? それって……その…っ」
こちらの物言いから伝わることは伝わったらしく、フィオリアが一気に顔を赤くした。
「い、いつから…?」
「ほとんど最初から。お前、分かりやすいんだもん。」
「あう……」
一応あれでも、フィオリア本人は隠しているつもりだったらしい。
こちらの答えを聞いた彼女は、さらに顔を赤くして下を向いてしまった。
恥ずかしさから体を小刻みに震わせるフィオリアに、シュルクは思わず噴き出してしまう。
「何真っ赤になってんだよ。今さらだろうが。」
「い、意地悪!」
「それも今さらだろ?」
また目の端に涙を浮かべるフィオリアの頬をつんとつつき、シュルクはくすくすと笑った。
「やっぱ、そのくらい強気な方がお前らしいよ。変に我慢ばっかさせて、悪かったな。」
それは、心から思えたこと。
気弱そうに暗い表情をして黙っているよりも、こうして突っかかってくるくらいの方が、素のフィオリアが見られるように思う。
こちらとしても、このくらいが気楽でいい。
「……なんか、シュルクがあっさりそんなこと言ってくれるって、変な感じがする。」
「そうか?」
「うん。なんか変。」
「んー…。別に今が変ってわけじゃなくて、今まで変だったのを、元に戻しただなんだけどな。」
「え…? そうなの?」
「そうなの。」
きょとんとするフィオリアに、シュルクは苦笑する。
「俺は、中途半端なのも逃げるのも嫌いなの。だけど、お前と向き合うことだけはずっと後回しにして、受け入れも拒絶もせずに見ないふりをしてた。自分のことが本気で嫌いになりそうになるくらい、俺は俺で悩んだよ。」
「シュルク……でも、それは―――」
「違うんだ。」
言いかけたフィオリアの言葉を遮り、シュルクは首を左右に振った。
「言いたいことは分かる。でもな、特殊な環境だからとか、複雑な運命だからとか……そういうことを言い訳にはしたくないんだよ。そんな言い訳を自分に許せば、都合が悪い時に全部それで逃げられちまうだろ。」
「それは……そうなのかもしれないけど……」
どこか苦しげに言葉を紡ぐフィオリア。
それは見ようによっては、こちらの言葉から何かを見出だそうとして、必死なようにも思えた。
「じゃあ、どうしてもつらくなっちゃったらどうするの? 自分が望んだことじゃないって、どうしようもなく運命を呪いたくなる時だってあるでしょ?」
「そんな時は、我慢せずにそう言えばいいだけじゃん。」
「……へ?」
この答えは予想外だったのかもしれない。
それを聞いたフィオリアが、ポカンと口を開けた。
やっぱり分かりやすい。
きっと、今のフィオリアにとって大きな壁となっているのがそれなのだろう。
「運命が理不尽だっていう事実と、それを言い訳にするかどうかは別問題だろ。運命に嫌気が差したんなら、その時は気が済むまで泣き喚けばいい。それをバネにして今より前に進めるなら、時々後ろを向いて落ち込んだりすることは悪いことじゃないさ。」
シュルクは朗々と語る。
「俺が自分に許せないのは、理不尽な運命だって事実に甘えて、全部を〝仕方ない〟で済ませること。そうやって、進むことも戻ることもやめるのが嫌なんだよ。」
この持論が、どこまでフィオリアの心に響くのかは分からない。
でも、フィオリアが彼女なりに自分を変えようとしているのだから、少しでもその努力を後押しできるように。
自分は、自分が信じる道を示すだけだ。
「進むことも、戻ることもやめる…?」
「そ。俺は、それが一番嫌い。」
はっきりと告げ、シュルクはフィオリアを真正面から見つめた。
「状況が状況なんだから、俺がお前を嫌うのは仕方ない。でも常識的に考えて、女を一人で放り出すわけにもいかない。だから俺が、お前にどっちつかずな態度を取るのは仕方ない。……本当にそうか?」
「それは……」
「そんなわけないんだよ。こんなことになったのは仕方ないことなのかもしれないけど、だからって、お前と向き合うことを放棄していいわけじゃない。受け入れるにしろ別れるにしろ、何かしらの結論は出すべきだ。そうじゃないと、俺もお前も前になんて進めないからな。」
フィオリアの頭に置いていた手を滑らせ、その白銀色の髪を一房すくう。
「特に、俺とお前は対の存在なんだ。現実がどうだろうと、それだけは変えられないんだから、余計に目を逸らしちゃいけないんだ。」
「だから……私を助けてくれたの?」
「まあ、それもあるけど、ちゃんとした理由はあの時にも言ったろ?」
シュルクは手に持っていたフィオリアの髪を離し、フィオリアに優しげな表情を向けた。
「お前を、あそこで失いたくなかった。俺が助けたかったから助けたんだって。」
もう一度、想いを音に乗せる。
それと同時に、自分の胸にもこの想いを刻み込む。
―――これが、自分で決めた自分の道だと。




